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【映画感想】「Here」「ビニールハウス」

2024年4月に鑑賞した2本の映画の感想を記します。


【感想】

1「Here」

監督・脚本ヴァス・ドウヴォス、2023年ベルギー、撮影:グリム・ヴァンデケルクホフ、音楽:ブレヒト・アミール、音響:ボリス・デバッケレ、出演:シュテファン・ゴダ、リヨ・ゴン他

 何の共通点も無いような二人の男女が、日常生活の中で出会って、顔見知りになり、親しくなっていく様子を描いた作品です。
特徴的なのは、現代の話しであるのに、その親しくなる過程にスマートホンが使われていなかったことです。
 私の記憶違いがあるかもしれませんが、主人公の男性シュテファンが、スマホを手にしているシーンは無かったと思います。

説明的なセリフはありませんが、描かれている状況から察するとシュテファンは、ビル建設現場で働く出稼ぎ労働者。仕事仲間と一緒に取るランチは公園の木陰で、立ちながら食す。自分たちの持ち場は仕事が終わり、それぞれ故郷へ帰れるためか、皆、表情が明るい。
 シュテファンが独りで住むアパートは、家具や持ち物は少ないが部屋はきれいに片付いていて生活はきちんとしている様子。自炊をしているのはおそらく節約のためで、Wi-Fi契約もしていないのでは。

しかし、彼の表情に閉塞感や屈折した感じは一切ない。

しばらく休暇だ、いつもなら実家へ帰るけど、さてこれからどうしよう? 
と思いながら、冷蔵庫を空にするために慣れた様子でスープを作る。
 
同郷の友人達や病院で働く姉のもとをスープを持って訪ねて行く。会話の内容から、地元は不景気で職がないので同様に出稼ぎに来ている人が多いことが伺える。

 作品の舞台はベルギーということですが、ベルギーの観光名所や風光明媚な景色、賑やかでキラキラした繁華街は出てきません。
建設中の高層ビル、ザワザワと風で揺れる街路樹のある通り、線路脇の土手の原っぱ、病院建物の裏側、ウォーキングにちょうど良い小さな森林、市民農園など、街の表通りから一歩、裏に入ったところの、世界中の都市で見られるような日常のありふれた風景が広がります。

何となく町と森をぶらぶらと散歩するシュテファン。緑が風でそよぐ中、行き交う人々が自然に挨拶してすれ違うところが見ていて好ましい。

シュテファンと女性シュシュが初めて出会うのは、町の小さな中華料理食堂。
中国系の女主人とシュシュは同郷のようで、家族のような付き合いがあるらしい。食事のついでに店を手伝ったりしている。

シュシュの本職は大学の教員で、専門は苔の研究。地味な分野ですが本人は仕事にやりがいを感じて充実している様子。普段の生活では接点のない二人がふと出会い、二言、三言言葉を交わします。
後日、森の中で、苔の採取をしているシュシュと散策中のシュテファンは再会。「ああ!」となって「じゃあね」と別れるところでしたが、どちらからともなく、しばらく一緒に苔の採取をすることになります。
ここが人の縁の不思議なところです。
 そしてその場でスマホで連絡先を交換して、…とはならないのです。

シュテファンは、もう一手、人と親しくなる手順を踏みます。
私の考えでは、スマホを持っていないが故に。
それがシュシュを喜ばせます。二人はこの後、親密になるのだろうな、という期待を持たせて映画は終わります。

 他人と知り合って仲良くなるって、どうするんだっけ。
人との繋がりや出会いを求めてスマホ画面ばかり見ていたら、かえって人と知り合うチャンスを逃すのではないか?
そんなこと考えた映画でした。
 シュテファンの振る舞いを粋に感じた一方で、今の自分にこういう気遣いはできないな、と感じ反省。

2 「ビニールハウス」

監督・脚本・編集 イ・ソルヒ、2022年、出演:キム・ソヒョン、ヤン・ジェソン、シン・ヨンスク、ウォン・ミウォン、アン・ソヨ他

 舞台は韓国。主人公ムンジョンは40代女性で息子が1人いる。旦那とは離婚して息子とは別居している。仕事は訪問介護士で、雇い主は富裕の老夫婦。ご主人は仏様のような人柄だが病により全盲、奥様は重度認知症で猜疑心と被害妄想に囚われていて誰に対しても攻撃的になる。
ムンジョンの母親も同じく重度の認知症で、娘の顔もわからず会話もままならない状態で福祉施設に入っている。

ムンジョンが住まいにしているのは畑の片隅に造られたビニールハウス。

いつか息子と一緒に暮らす日が来ることを願い、家を買うことを目標に、つらい仕事に耐えて貯金をする日々。
ある時、不慮の出来事によりムンジョンは窮地に陥る。何とか危機を脱しようと選択した道がさらに悲劇を生む。

 観客は思う。そんな事したって一時しのぎ。バレるのは時間の問題。平和な時間は続かないよと。
しかし、人間、切羽詰まった状況の咄嗟の判断が、後から冷静になって考えたら愚の骨頂、後悔してもし足りない行動だったという事はよくある。

 ストーリーは先が読めない展開で観客を飽きさせない。集団カウンセリングで知り合った若い女性や、昔の恋人が主人公にストーカーのようにまとわりつく役で登場し、彼女をさらに悪い状況へ追い詰めるのては、とハラハラさせる。
しかし、大袈裟な効果音や暗い画面、人物のアップの多用や短い間にカットが変わっていくような怖さや驚きをあおる演出はあまりない。
サスペンスドラマやホラー映画調にすることなく淡々と描かれている。
そこが大変良かったと思う。

 上映館 ”シネマポスト” 支配人氏による「ひとこと解説」によると、監督・脚本・編集を手掛けたイ・ソルヒは、当初ドキュメンタリー作品を撮る予定で、住居貧困でビニールハウスで生活をしている人々や老老介護の現場を取材したのだそう。

 これは私の個人的感想ですが、ムンジョンの雇い主夫婦は、日本のドキュメンタリー映画「精神0」(監督・製作・撮影・編集 想田和弘、2020年)に登場する院長医師夫妻を連想させました。
もっとも、この作品に登場する夫人は、おっとりと穏やかに無口になる認知症で、「ビニールハウス」の「奥様」とは全く違います。

社会活動に、家族の世話に、活発に溌剌と過ごした人が、全く人柄が変わったようになってしまう、老いることのやるせなさ。これらの作品から強く感じました。

そしてイ・ソルヒ監督は映画をフィクションに仕立てるに当たり、日本の小説「OUT」(桐野夏生著、2003年講談社刊)を参考の一つにしたとのこと。なるほど、主人公の造形とエピソードは、「OUT」の作品世界に新たに加えてもおかしくないものです。

 病気やケガで働けなくなる、自分に非がなくてもリストラに合うことはあるし、失業して定収入が無くなった上に、離婚や借金の肩代わり、事故の賠償金など大金を失うような事柄が重なれば、中流にいた人々は容易く貧困層に落ちる。

 数年前、私やむやむの町内にもビニールハウスに住んでいる方がいました。ハウスの以前の持ち主で、のっぴきならない事情で引越ししたものの、しばらくして自動車に全財産を乗せて町に戻って来てビニールハウスで寝泊まりされていた。
ハウスの現在の持ち主や近所の方々は、知らない人ではないし、事情も分かるので同情して黙認。

ビニールハウスは雨風は凌げるが、虫がたくさん出るだろうし、夜は冷えて朝は露に濡れ、昼間は蒸し暑かったろうと思う。数日で移動されるだろうと周囲は予想していましたが、滞在は1ヶ月以上になりました。
 何となく迷惑に思う雰囲気が近所に充満し、役所に相談した方がいいのじゃないか、という意見が町内会で出始めた頃、気配を察したのか、その方は車でどこかへ去っていきました。

脚本の面白さの他に、貧困と認知症介護に対する家族および行政サービスのあり方という万国共通の現実の問題についても考えさせられる作品でした。

3 映画館“シネマポスト” 山口県下関市にあるミニシアター

上記2本は、山口県下関市大和町の港に近い小さな映画館シネマポストで観ました。
こちらでは、支配人氏が厳選した2本の映画を、一本ずつ毎月第一週と第三週に上映しています。

5月の上映作品は、
○「悪は存在しない」監督:濱口竜介/2023年、2024年5月4日(祝・土)〜10日(金)
○「水平線」監督:小林且弥/2023年、2024年5月18日(土)〜24日(金)



小林且弥監督が
来館ですって

 席数は22、うちゆったり座れるのは12席で、6席はスツール席、4席は壁際の座敷席になるので大柄な方は少々きついかも。
前日までネット予約可能ですが、席の指定はできないので、良い席は早めに行って確保した方が良いです。
各回30分前に開場。
 映画館の駐車場はないので、JR下関駅周辺、大丸・シーモールの有料駐車場に停めて、徒歩15分くらい歩く。

一番近い駐車場は、下関漁港卸売市場前のコインパーキングかと思われますが、平日は24時間まで400円、土日祝日は500円です。(2024年4月現在)

大丸・シーモール駐車場に停めれば、お買い物で無料になるので、少し遠いですがこちらがお勧め。

上映時間など詳細は、「漁港口の映画館シネマポスト」または” cinepos “
で検索して下さい。

出入り口は左端のドア
もとは郵便局だったそうです

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