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二人の少女と、“少女だった”二人【ミュージカル『ウィキッド』感想文】

 2023年10月から、劇団四季によるミュージカル『ウィキッド』が再演されますね。2023年6月5日の劇団四季発表によると、なんと東京公演分のチケットが四季の会会員先行予約にて完売とか。すごい人気……。

 また、2004年から計画されていたハリウッド映画化がようやく進展し、2024年と2025年の前後編で公開予定であることが発表されました。ポップシンガーとしてお馴染みのアリアナ・グランデ、そしてブロードウェイでもハリウッドでも知られるシンガーのシンシア・エリヴォが共演するとあって、注目が集まっています。
(※映画の最新情報は本エッセイ末尾にまとめてあります。)

 最近話題沸騰の『ウィキッド』。私はこの演目が大好きで、好きすぎるあまり関連映像を見たり音楽を聴いたりすると涙腺がおかしくなってしまいます。ですから、『ウィキッド』が盛り上がっているこの機会に、『ウィキッド』の“ここが好き”というポイントを書き残したいと思います。


 このエッセイが、今回初めて『ウィキッド』に興味を持った方の背中を押せれば。そして、既に『ウィキッド』が大好きな方の、あなたなりの“ここが好き”を更に大事に出来るきっかけになれば嬉しいです。

※以下、物語の決定的なネタバレはしていませんが、内容には触れています。気になる方は、『ウィキッド』鑑賞後に再びお立ち寄りくださいね。


ウィキッドとは?

あらすじ
 名作「オズの魔法使い」を、二人の魔女の視点から描いた『ウィキッド』。
 何もかも正反対の二人が心を通わせ、やがてそれぞれの道へと進んでいく物語には「自分の意志で道を決める強さ」や「違う生き方を尊重することの大切さ」といった、今を生きる私たちにとって重要なテーマが散りばめられています。

(劇団四季公式サイトより)

◯ 登場人物

・グリンダ
 能天気で可愛い金髪の魔女。人気者であることが第一で、周囲からいい評判を得ることにこだわっている。魔法の才能はない。のちの“善き魔女”。

・エルファバ
 先天的な緑色の肌で周囲から疎まれているが、本当は心が真っ直ぐな少女。今まで隠して来た類まれなる魔法の才能を、シズ大学で見出された。後の“西の悪い魔女”。

・フィエロ
 一国の王子でイケメンな享楽主義者。グリンダのボーイフレンドになるけれど……?


 『ウィキッド』の歴史は古く、元々はブロードウェイ・ミュージカルとして2003年に初演を迎えた演目です。
 本作は『オズの魔法使い』の前日譚で、“善き魔女”と“西の悪い魔女”がシズ大学で出会った友人だった、という大胆なストーリー。学園物らしいちょっとほろ苦い思い出や恋模様も見られます。例えば、正反対のグリンダとエルファバの友情、フィエロを交えた三角関係は、まさに学園物といったところ。

 他にも、大都会エメラルド・シティの華やかな景色や、魔法の世界の光と影……といった話題も盛り込み、単なる童話に終わらない世界を描いています。


私とウィキッド

 私が初めてウィキッドを見たのは、2009年辺りのこと。汐留の四季劇場海でした。当時は今よりも劇団四季のチケットを買うのが簡単で、思い立った翌日にはもう劇場の座席に座れる……といった時代。なのでしょっちゅう観劇していました。

当時の思い出。パンフレット、会場で貰ったであろう特典、ポストカードセット(もったいなくて開けてません。もったいないですね)、本日の出演者。

 劇団四季は一つの役を色んな演者が担当するので、当日まで配役がわかりません。劇場に行くと「本日の出演者」というボードに配役が表示されていたり、紙に印字されたものを配っていたりします。
 ちなみに、私が初めて鑑賞した時の配役は
・グリンダ:沼尾みゆきさん
・エルファバ:濱田めぐみさん

 劇団四季ファン、ミュージカルファンの方であればひっくり返るような豪華メンバー。私が濱田めぐみさんのファンになったのは『ウィキッド』がきっかけでした。
 それ以降私は何度も劇場に通いつめ、手元には五枚の「本日の出演者」の紙が残っていました。少なくとも五回は鑑賞したということか……。

よりによって初めて鑑賞した日の「本日の出演者」は持って帰らなかった……という失態。


 また、東京だけに飽き足らず、梅田にある大阪四季劇場でも鑑賞したことがあります。確か京都旅行の流れで観に行きました。それだけ、『ウィキッド』を欲していたのでしょう。わかるわかる。

 でも、こういうのって鑑賞回数じゃないですよね。たった一度の鑑賞でも、毎週のように通い詰めた時期があったとしても。好きなら好き、魂に響いたら響いた。そういうものだと信じています。

 では、どうして私がこんなに『ウィキッド』を好きになったのか、幾つかの要素を書き残して参ります。


ここ好き ①未来が決まっている物語

 先述の通り、『ウィキッド』は『オズの魔法使い』の前日譚。そのため、グリンダとエルファバという本作の主人公二人の未来は既に決まっています。

オズの魔法使い あらすじ
たつまきにとばされて、オズの国へやってきたドロシー。偉大な魔法使いのオズ大王に家に帰してもらうため、おしゃべりなかかし、全身ブリキの男、おくびょうなライオンという個性的で愉快な仲間と、エメラルドの都をめざしますが……。

(ポプラ社作品ページより)

 つまり、『ウィキッド』がどれだけ青春をキラキラと描いても、どれだけ二人が友情を育んでも、未来への希望を歌い上げても。彼女たちの行く末は一本道。善き魔女と西の悪い魔女。二人は敵対し、やがてドロシーに……。この未来は誰にも変えられません。

 そんな悲劇に向かって突き進む、若く輝かしい二人の姿。悲劇なんて嘘じゃないか、覆せるんじゃないかと思ってしまうほどの眩しさに心がざわつき、どうしても目が離せないのです。


ここ好き ➁『オズの魔法使い』の伏線だらけ 

 私が『ウィキッド』にはまった最初のきっかけは、見事な伏線の数々。
 何せ私は伏線大好き野郎なので、『ウィキッド』の随所にある『オズの魔法使い』に繋がるあれこれを見つける度に心が躍りました。ネタバレになるので多くは申し上げませんが、その伏線に気付くと大変ゾクゾクします。

 そして、『ウィキッド』で描かれた伏線を知ると、『オズの魔法使い』でのお馴染みの場面や登場キャラクターたちに対する認識が変わります。何気なく見てきた『オズの魔法使い』が、急にエモーショナルなものに……。

 『ウィキッド』鑑賞にあたって、『オズの魔法使い』の予習はいらないと思います。でも、要素を知っていると『ウィキッド』を更に楽しめるので、『オズの魔法使い』を全く覚えてない方は事前に軽く予習をするといいかもしれません。
 伏線に気づいた時の「うわぁぁ……」が本当によいです。


ここ好き ③二人の少女と、“少女だった”二人

 グリンダとエルファバはシズ大学で知り合います。人気者と嫌われ者、能天気と生真面目。正反対の二人は次第に親しくなり、唯一無二の友人になるのですが、その過程が本当に可愛らしい!

 特に、二人が仲良くなるごくごく初期。

 グリンダがエルファバにお洒落を教える場面で歌われるナンバー「ポピュラー」は一度聴いただけで耳に残り、かつ、グリンダの価値観がわかる興味深い楽曲です。
 この曲は、グリンダが自分を「善い人だから」と強調して始まります。お洒落の仕方がわからないエルファバに対し、グリンダは“ポピュラリティー大衆性や流行、評判、人気がいかに大事か”を教えてあげるのです。
「多くの人に受け入れられるのが大事」
「どんなに頭がよくても人気がなければだめ」
「外見を飾ればそれでいい」

 更に曲の最後、一人になったグリンダは、「(自分の方がエルファバよりも魅力があるから)私の方が上!」と何の躊躇いもなく歌い上げます。
 初期のグリンダの稚拙な思考、自己評価=周囲からの評判という危うさ、物事の表面しか見ない愚かさ、そして素直な性格がよくわかる極めてポップで残酷な楽曲。そして彼女の未来を示唆する、重要なナンバーです。

 また、二人の前に現れるのはフィエロという王子様で、彼は反射的にグリンダと惹かれ合う“役割”の人。チア部のキャプテンとアメフト部のキャプテンが付き合ってプロムクイーンとキングに選ばれるのと同じです。
 この三人、一応三角関係ではあるのですが、グリンダとエルファバが彼を巡って大喧嘩するかと言えば……。

 いっとき、『ウィキッド』の宣伝文句で「たった一人に愛されて世界中を敵に回すのか、世界中に愛されてたった一人を失うのか」といった旨の言葉があったと記憶しています。ですが、平たく言ってしまうとそこまでフィエロのことを二人が(または物語が)重要視しているようには見えません。
 とは言うものの、この絶妙な三角関係は物語の中でちゃんと作用します。いい塩梅の“暗い影”を落とす素材の一つになるんです。

 やがてグリンダとエルファバは袂を分かちます。何がきっかけかは、劇場でご確認頂くとして……。
 エルファバがメインのナンバー「自由を求めて」は、エルファバの決意が語られる力強い楽曲であると同時に、彼女の“孤独”が確定した悲劇的な瞬間でもあります。(この曲、原題は“Defying Gravity重力をものともしない”なんですよね。それがまたグッとくる。)

※公式で曲が聴ける動画は、あまりないようですね。サムネになっている場面が「自由を求めて」の歌唱シーンです。

 それぞれの戦い方を決め、役割を押し付けられ、選んだ自分の道のりに覚悟を決めた時。そこにはもう、お洒落を前にうろたえる賢く優しいエルファバも、短絡的に人の上下を決めるグリンダも居ません。

 “少女だった二人”は、いつまでも子どもではいられない。二人は世界のために、自分たちが持つ最大の武器を活かすことに決める……。それがやがて、『オズの魔法使い』に繋がっていくのです。『オズの魔法使い』の結末を思い出してください。二人の魔女の行く末を。

 グリンダとエルファバが大人になる道のりはあまりにも残酷です。もっと違う道があれば……と願いながらも、心には希望と絶望の両方を浮かびます。この二人ならば、何があっても永遠に友達で居られる。でも、どんな世界でも一緒に歩むのは難しいのかもしれない。
 ここまで苛烈に惹かれ合い、理解し合い認め合い、お互いが必要だとわかっているのに相容れない二人、居る……?


ここ好き ④誰かしらに感情移入出来る

 『ウィキッド』には、個性的だけどどこか共感出来る登場人物がたくさん居ます。魔法の世界を舞台にしつつも、全員の気持ちがなんとなくわかる。この絶妙なバランスが最高にうまい作品です。

 例えば……。

・グリンダ:極端な承認欲求の塊
 人に好かれたい・いい印象を持たれたいと思う気持ちは、多かれ少なかれ誰にでもあるでしょう。今であれば、SNSのフォロワー数やいいねの数で人や情報を評価する風潮は、とてもグリンダ的だと言えますね。

・エルファバ:心優しき嫌われ者
 外見や能力が人と違うためいつも周りに疎まれている一方、本当は愛を求める心優しい女の子。立ち回りが壊滅的に不器用で、よかれと思ってしたことが誤解され余計に嫌われる……。それを痛々しく思う人も居れば、思い当たる節がある人も居るのでは。

・フィエロ:怠惰と享楽主義のカリスマ
 彼のメインナンバーのタイトル「人生を踊り明かせ」から察しが付く通り、“頭空っぽで今を楽しみたい”という怠惰と享楽主義の権化。勉学に勤しむ人たちを、「脳みそに知識をため込んで喜んでる奴らは馬鹿」と揶揄する徹底ぶり。それでいてカリスマ性があり、取り巻きが大変多い人気者です。大人からすると頭の痛い生徒ですが、もし自分が学生だったら憧れてしまうかも……という人も多いはず。


 こんな風に、どこか憎めなくて共感出来る要素、逆に全く理解出来ない要素が登場人物にバランスよく散りばめられています。
 彼女たちの成長を見守るうちに、誰かに心を寄せてしまうんです。自分と登場人物を重ねてみたり、友達になりたいのは誰か考えてみたり、それぞれの成長や決断に思いを馳せたり……。
 鑑賞時の自分の立場や年齢によって、彼らへの眼差しの向け方も変わりそうです。これこそミュージカル鑑賞の醍醐味、何度見ても楽しめる!

 誰がステージに立っていてもクライマックス。心の底から物語に没入出来るのが、『ウィキッド』の魅力です。


ここ好き ➄“童話だから”で片付けられない題材

 本当に、善い・悪い魔女なんて居たのかな?
 この問いは、『ウィキッド』鑑賞後からずっと私の心に引っかかっています。

 『ウィキッド』では、スクールカーストの残酷さや極端なルッキズム、一方的なレッテルといった思春期の毒が描かれています。更に、肌の色が違うエルファバや喋る動物たちへの冷遇のような、現実世界の人種差別に近い要素もストーリーに関わってきます。その他にも、政治腐敗や世論操作など、社会に関わる問題が明らかになって……。

 私たちの世界にはシズ大学もエメラルド・シティもないけれど、『ウィキッド』で描かれる問題はステージを飛び越えて蔓延っている。もしかしたら、これが何より一番残酷なことなのかもしれません。

 本当に、善い・悪い魔女なんて居たのかな?
 もしも居るなら、善い・悪いを決めたのは誰?
 善い・悪いの枠組みを鵜呑みにしているのは誰?

 そんなことを、私は人生の中で時折、『ウィキッド』のほろ苦さと一緒に思い出します。


まとめると……

 『ウィキッド』の魅力はまだまだたくさんあります。光と影を物語る楽曲の良さ、魔法の世界を彩る衣装や舞台装置、それからそれから……。
 ですが、あなたにはあなたの「ここ好き」要素があるはず。私がこれ以上語ったところで、結局のところ『ウィキッド』のよさは語り尽くせません。

 ぜひ一度は『ウィキッド』を鑑賞して、あなたにとっての「ここ好き」ポイントをたくさん見つけて下さいね。


おまけ

〇 いつでも『ウィキッド』を摂取したい方へ

 日々の生活で『ウィキッド』が恋しくなった時は、公式の動画や音源で心を満たすのが吉。以下に、おすすめのものを置いておきます。

 同じイベントの実施年違い。2022年は衣装やメイクも完全にグリンダとエルファバなので、観劇前の方でもどちらがどちらかわかりやすいです。
 2023年の方はナチュラルな衣装で、二人の友人関係が強調されたパフォーマンス。私はどちらも泣きながら見ました。


 劇団四季のステージで歌われた楽曲の一部。歌詞が出るのでより内容がわかりやすいです。

 それぞれ、ブロードウェイ版/劇団四季版のアルバムです。

※2024年5月に小説も発売されました👇


〇 2023年版ウィキッドの個人的胸アツポイント

 2023年に『ウィキッド』再演、その情報だけでも大変胸アツなのですが。特に私の中でうぉぉお! となったのは、オズの魔法使いの出演候補キャスト。

 飯野おさみさん(わかる)、明戸信吾さん(わかる)と来て……。

 鈴木涼太さん!!!!!!!!
 フィエロじゃなくてオズの魔法使い!!!!!!

 すごい、すごい……!

 私の中で、彼は王子様枠のキャラクターを演じる人という印象があったので(多分、『オペラ座の怪人』のラウルのイメージが強い)、大御所枠であるオズの魔法使いにアサインされているのは、かなり胸アツでした。
 長いこと一つの劇団を見ていると、こういうことがありますね。以前、同じく劇団四季所属の阿久津陽一郎さんが『アラジン』でジーニーを演じていたのを見た時にも、この胸アツを感じました。

 2023年版の『ウィキッド』を鑑賞される皆さん、ぜひ楽しんでくださいね。そして2024年以降の映画『ウィキッド』も楽しみに待ちつつ、グリンダとエルファバ、彼女たちに思いを馳せてまいりましょう。


追記:映画『ウィキッド ふたりの魔女』情報まとめ

・海外での映画公開を受け、サントラがリリースされました
 ⚠️出演者などのネタバレ含むのでご注意を⚠️

画像はApple Musicより引用

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・日本公開日が2025/3/7に決定しました



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『ウィキッド』ファンの方の中には、『オペラ座の怪人』ファンの方も多いのでは。

舞台感想文はマガジンにまとめてあります。


※追記:2024/08/16にnote編集部の「今日の注目記事」に選ばれました🎉

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© 2023 Aki Yamukai

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矢向 亜紀 / やむかい あき
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