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カズオ・イシグロ「クララとお日さま」 *読書感想文*

読むのが疲れる作品だった。

その要因を大きく3つに分けると、
1.文章、文体がよみづらい。
翻訳のせいなのか、ロボットが語りべだから原文も変わった文体で書かれ ているのか不明だけれど、読みにくいと感じた。

2.説明がない。
どこの国か、いつの時代か、AFとはなにか、向上処置とはなにか、きちんとした説明はなく、後の方で推測できる内容が出てくるがはっきりとは説明されず、しかもロボットの心の語りや、登場人物の会話内容から推測しながら読むので疲れる。そして、推測の答えとなるはっきりとした説明はない。

3.ディテール説明が長いけれどわかりづらい。
何がどこにあって、何色をしていてetc…といった細かい説明が長く、更にそれがロボットの目にどのように映っているかという形をとっていたりするので、わかりにくい。

読後はもやもやする作品だった。その理由を大きく3つに分けると、

1.ハッピーエンドなのかバッドエンドなのか、どちらとも言えないから。
利他主義というものに、私は共感ができないのかもしれない。また、読者である私は第三者の立場であるので、第三者が利他主義を肯定して良いのか?という心理もある。

2.最後までわからない部分がある。
ジョジーの両親の離婚理由や父親のコミュニティとは何なのか。ジョジーの病気の原因は向上処置のせいなのか。回復した理由は何なのか。なぜクララの最終的な行き場がその場所だったのか。

3.作者のいいたかったこと、やりたかったことの主がわからなかった。
ロボットに心があったらを、ロボットの視点から描くという実験的な挑戦の作品だったのか。
「格差社会」や「人間とは」「社会とは」等といったことへの社会風刺的なことを表現したかったのか。
利他主義の純粋さを描きたかったのか。

私は、純粋な利他主義は見ていて哀しくなってしまう。
ロボットに心を持たせてはいけないと思う。

***

おそらく、文学的センスの高い人が高尚な解説や感想、評論をするような作品なのだろう。私のような凡人にとっては、読みづらくて、しんどくて、とても疲れる作品だった。433ページも読んで結局ラストを読んで哀しくなるという、しかも、モヤモヤが残ったりだったので、この疲労が報われないようなものを感じた。

この作品読了後、カレルチャペックの「ロボット」を読もうと思っていたが、疲れてしまい、しばらく読書はお休みすることにした。

とにかく疲れてしまった。

メガネとイスを買い替えようかな・・・。読書にも体力が必要だとひしひしと感じます。

以上、カズオ・イシグロ「クララとお日さま」の読書感想文でした。

<© 2022 犬のしっぽヤモリの手 この記事は著作権によって守られています>

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