ゴキブリ
50年ほど前、大阪の谷九(たにきゅう=谷町九丁目)の近くに勤めたことがある。
ある時、女性社員らが騒いでいた。窓から何か飛び込んだらしい。
「きれいなゴキブリがいる!」
と、言うのである。
中学を出るまで、四国で野生児のような生活を送っていた身。昆虫と聞くと、血沸き肉躍った。
(それにしても、おかしなことを言う)
見ると、玉虫だった。その女性社員たちは人生で初めて玉虫を見たのだろう。
私は、玉虫が大阪の大都会で生きていることに、感動を覚えた。
☆異変
そのビルのとなりに、町工場の跡があった。
工場の屋根はビルの陰になって日当たりが悪く、陰気だった。田舎育ちならピンとくる匂いが立ち始めた。日増しに強くなる。ビルの窓から、工場の屋根を見下ろすと、大きなヘビの死骸があった。
まさか、ヘビが屋根の上を臨終の場所に選ぶことはないだろう。衰弱してきたらひっそりと、カラスなどの天敵から身を隠すに違いない。
大都会にヘビがいたことに、驚いた。そして、その不自然な死に方。玉虫のこともあり
(動物たちに何か異変が起きているのでは!)
と、考えざるを得なかった。
☆沈黙の季節
なぜ、玉虫やヘビにこだわったかというと、私の田舎では昭和40年ごろ、これらの生物がすっかり姿を消していたからだ。強力な農薬を田畑に撒いたせいだ。田んぼから、カエルが消え、ヘビがいなくなった。畑から、いわゆる「害虫」が駆除され、鳥を見かけなくなった。
環境保護運動の先駆者、レイチェル・カーソン(Rachel Carson 1907―1964)が『沈黙の春』(Silent Spring 1962 アメリカ)の冒頭で述べたことの再現だった。
☆カムバック
ゴキブリはどんな殺虫剤が出現しようが、耐性を身につけ、相変わらず繁栄を謳歌している。もっとも、それくらいの生命力があったからこそ、数億年も生きのびてこれたのだ。
日本では田畑の多くが、休耕中だ。そこにどんな生物が戻ってきているだろうか。自然界も人間社会も、多様性は、健全さを診るリトマス試験紙である。