親魏倭王、本を語る その11
【『赤い右手』】
国書刊行会からJ・T・ロジャーズの新刊が出るということで今話題になっているが、日本でロジャーズの名を一躍高めたのはたぶん『赤い右手』(創元推理文庫)である。パルプ・マガジンの常連作家で、通俗サスペンスを量産していたロジャーズが、唯一本格ミステリーとして成功したとされるのが本作である。
読んでみると通俗サスペンスには変わりないのだが、トリックがうまく決まっており、本格ミステリーとして成立している。一方で、通俗サスペンスらしいスピード感があって、通常の本格ミステリーにはない読み心地があった。これは一読をお勧めする。
【『アクナーテン』】
『アクナーテン』はアガサ・クリスティーが書いた戯曲で、エジプト第18王朝のファラオ(王)で宗教改革を断行したアクエンアテン王を主人公としている。ミステリー作家であったクリスティーにしては珍しい、歴史劇である。クリスティーはオリエント史に造詣が深かったようだが、おそらく、二度目の夫となったマックス・マローワンが中近東を研究対象とする考古学者だったことによるのだろう。クリスティーも実際に発掘現場に立ったことがあり、その経験が『メソポタミアの殺人』を生んだようだ。
エジプトがらみでは『ナイルに死す』『死が最後にやってくる』もよく知られる。
【『歴史の影絵』】
吉村昭に『歴史の影絵』というタイトルのエッセイ集がある。吉村が小説執筆にあたって行なった史料調査の成果に基づき、その概要を史伝風にまとめたもので、ページ数は少ないながら、かなり読みごたえがあった。
吉村の史料調査はかなり徹底していて、書こうと思えば学術論文を書けるレベルの調査水準に達しているように思う。その結果生まれたのが、記録文学の傑作と言われる『戦艦武蔵』などである。
11篇収録されているが、興味深かったのは「無人島野村長平」「反権論者高山彦九郎」「種痘伝来記」「軍用機と牛馬」「伊号潜水艦浮上す」の5篇。
【『クロイドン発12時30分』】
『クロイドン発12時30分』はF・W・クロフツが書いた推理小説で、フレンチ警部ものの一つ。犯罪の遂行を犯人の視点で描き、後段で探偵と犯人の対決を描く「倒叙ミステリー」の傑作としてよく知られる。 ただ、読んでみると、フレンチ警部の登場はわずかで、逆に彼を登場させず、終始犯人目線で書き切って犯罪小説にしたほうが良かったようにも思う。
クロフツには『殺人者はへまをする』という短編集(どちらかというと掌編集)があるが、これは犯行の概要を語る前段と、フレンチ警部が犯人のミスを指摘する後段に分かれていて、小説というより事例集のような印象を受ける。