見出し画像

親魏倭王、本を語る その20

【アンリ・バンコランについて】
アンリ・バンコランはジョン・ディクスン・カーが創造したシリーズ探偵で、パリの予審判事である。プロデビュー作の『夜歩く』をはじめとする5つの長編と5つの中短編に登場する。
犯罪者に対して容赦ないことから、悪魔メフィストフェレスに例えられるが、引退後は「かかし」に例えられるほど温厚になっている(『四つの兇器』)。ギデオン・フェル博士のシリーズの1冊『死時計』で彼が言及されており、世界観が繋がっていることがわかる。
ただ、ちょっとソースが思い出せないのだが、カーはバンコランのことをあまり快く思っておらず、後に彼を「マネキン」と吐き捨てているらしい。
フェル博士ものの代表作『三つの棺』は、一時的にファースに傾いていたカーが、初期の怪奇趣味を前面に押し出すつもりで書き始めたという。当初、カーはバンコランを久々に探偵役に据えようとしたが、途中で挫折し、フェル博士と交替させて書き上げたという。フェル博士という強烈な個性の前では、バンコランは薄味に見えるのかもしれない(バンコランのキャラクターは好きなのだが)。
とはいえ、1936年になって、カーは再びバンコランを復活させているので、忘れ去るには惜しいキャラクターだったのだろう(引退後のバンコランが登場する2長編は前述のとおり、かなり人物像が変わっている)。

【『バーネット探偵社』の謎】
『バーネット探偵社』はモーリス・ルブランの連作短編集で、「調査費無料」を謳いつつ巧妙に儲ける悪徳探偵ジム・バーネットを主人公とした推理小説である。なかなか魅力的な人物だが、その正体はなんとアルセーヌ・ルパン。それを知っているべシュー刑事は、苦々しく思いながらも、毎度、彼の助力を得ながら事件を解決することになる。全8篇で、「バカラの勝負」と「十二枚のアフリカ株券」の評判がいい。
この作品には謎がある。別の作品で、べシューが「12回関わり、12回騙された」というようなことが示されていて、「本当は12篇あるのではないか?」という声もある。このあたりは『怪盗ルパンの館』というホームページが詳しいので参照していただきたいが、それを裏付けるようなできごとがあった。「壊れた橋」という、英語版にのみ収録された短編が見つかったのだ。
ホームズ同様、ルパンも早い段階からパスティーシュが書かれていて、日本で翻訳を独占していた保篠龍緒もパスティーシュを書いているが、この「壊れた橋」はフランス語原稿が確認できていないものの、『バーネット探偵社』所収の他の作品と時系列などの整合性が取れていて、かつ翻訳した痕跡が見られることからルブラン真筆に違いないといわれる。


いいなと思ったら応援しよう!