在宅医療における認知症薬の使い方 - 現場の医師たちの考え
こんにちは、やまとドクターサポートの原田です。毎週開催している「15分間医師カンファ」では、現場での気づきや悩みをテーマに、やまとの全診療所の医師が様々な視点から解決策を考える場を設けています。今回は「認知症薬の使い方」について話し合いました。
Take Home Message
在宅での新規導入は慎重に判断
家族の期待と実際の効果のギャップに配慮
中止を検討する際は家族との丁寧な対話が重要
カンファでの意見交換
A医師:「認知症薬の使い方について相談させてください。同じように認知症がある方でも、ずっと薬を飲んでいる人と全く飲んでいない人がいて。特に5年、10年と経過している方に今から始める意味があるのか、すごく迷うんです」
B医師:「私の場合、90歳以上の方で今まで服用していない場合は、新規では出さないようにしています」
A医師:「その判断の理由は?」
B医師:「効果を期待できる状況なのか、また副作用のリスクを考えると、慎重にならざるを得ないんです。ただし、家族には『これは治すとか、なくす薬ではない』ということはしっかり説明するようにしています」
C医師:「正直なところ、ご家族は認知症薬に『良くなるかもしれない』という一縷の望みを持っておられることが多いですよね。でも実際には、あまり変わらないことも多いし、むしろ副作用で困ることもある。私は攻撃性が高まった時のメマンチンや抑肝散は検討しますが、それ以外はあまり...」
A医師:「すでに使っている方の場合は、どうされていますか?」
D医師:「継続するのが基本的なスタンスですね。ただし、周辺症状が出てきた場合は、その症状に焦点を当てた薬を考えます。新規で認知症薬を始めることは、ほとんどないですね」
E医師:「アリセプトを中止したら、かえって興奮が収まったという経験が何度かあります。ただし、中止のタイミングは慎重に見極めます。例えば脈が遅くなってきた時とか。アリセプトをやめてメマリーに変更してみるというのも、一つの選択肢かもしれません」
F医師:「薬を止める判断って、結構難しいですよね。私の場合、食欲不振や活気低下が見られたら、積極的に中止を提案します」
G医師:「ただし、ご家族が納得されない時に中止すると、うまくいかないことが多いんです。家族の気持ちに寄り添いながら、慎重に進めていく必要がありますね」
H医師:「私も家族との関係は大切だと思います。時々、家族が本人の前で『認知症の薬を出してほしい』と言われることがあって、本人が辛そうな表情をされることもあります。そういう意味でも、とてもセンシティブな問題だと感じています」
A医師:「画像診断との関係はどうなんでしょう?しっかり診断してから治療を始めるべきでしょうか?」
I医師:「在宅の現場では、症状や生活への影響を中心に判断することが多いですね。特に周辺症状への対応が必要な時は、症状に焦点を当てた治療を考えます」
実践的な対応のポイント
新規導入を検討する場合
年齢と全身状態の評価
期待できる効果の見極め
家族の理解度の確認
継続・中止の判断
副作用の有無(特に脈拍への影響)
食欲・活気の変化
周辺症状の出現状況
家族とのコミュニケーション
薬の限界の説明
本人の気持ちへの配慮
中止する場合の丁寧な説明
在宅医が知っておきたい最近の認知症関連情報
先生から追加で以下の話を聞きました。
アルツハイマー病(AD)治療は現在(2023年)、141種類の候補薬物による187の治験が進行中であり、その78%が疾患修飾薬として開発されています。特に重要な第3相試験では36の薬物による55の治験が実施され、治療選択肢の拡大が期待されています。
2023年に承認された新薬レカネマブ(Lecanemab)は、軽度認知障害(MCI)および軽度ADを対象とした臨床試験において、CDR-SBスコアで27%の悪化抑制効果を示し、統計学的に有意な改善が確認されました。しかし、在宅医療の現場では、その使用にあたっていくつかの重要な課題があります。まず、適応が限定的であることに加え、治療開始前にはアミロイドPETか脊髄穿刺による検査が必要となります。さらに、副作用であるARIA(アミロイド関連画像異常)への対応のためMRI検査が必要で、2週間に1回の点滴投与という頻回の通院も求められます。これらの要件に加え、治療費用の問題も、実臨床での使用において重要な検討事項となっています。
一方、非薬物療法の重要性も明確になってきています。運動療法は、神経栄養因子とその受容体の働きを通じて認知機能に良い影響を与えることが分かってきました。
栄養管理も認知症治療において重要な要素です。高齢者の低栄養は認知症の発症リスクを高め、進行を加速させる可能性があります。脳は脂質が豊富で酸化されやすい臓器であるため、DHAを含む魚介類、カロテノイドを含む緑黄色野菜、ビタミンEを含むナッツ類、オレイン酸を含むオリーブオイルなど、抗酸化作用のある食品の摂取が推奨されています。
おわりに
A医師は「皆さんの話を聞いて、家族の反応をベースに、あまり積極的な介入ではなく、気持ちに寄り添った対応が基本なのだと分かりました。ただし、周辺症状が強い時には抑肝散などの薬剤を検討する余地があることも学びました」と締めくくりました。
本日の議論が、医療介護の現場での一助となれば幸いです。
やまとドクターサポートの原田でした。