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「張り込みにはパンと牛乳を⑩」

仙台駅午後8時20分東京行きの新幹線車内。


「お、加藤君、一体どうしたんだい?」

ベテラン刑事の和さんが、眉間に皺を寄せ、少しかすれた声でそう言った。



話は数分前に遡る。

新幹線を待つ仙台駅のホームにて、乗車しようと待っていた和さんと私の前に、母・丸山玲子からの差し入れを持って現れた仙台県警所属の加藤小次郎警部補は、巻き添えを喰ったような形で新幹線に乗車してしまった。


「いや〜、丸山警部にやられたっスよ。何で乗ってしまったんだが。あ〜ぁ」

加藤警部補はオロオロしながらも、私に対して微かな嫌悪感をぶつけてきた。


「いやいや、慌てたとは言え、加藤警部補も一緒に乗ることはなかったんですよ。母から預かったお届け物だって、大したものではなかったのだから」

私は多少理不尽さを感じながらも、選択して行動したのは加藤警部補本人であることを盾に、自分の非をはぐらかそうとした。


「そうは言っても、あの状況だったら自分よりもこの紙袋の所在を大事にすんでしょ。これを仙台に残しておくのは、お二人のファンと言ってだお母様との約束を破ったこどになるんだど自分は思ったんで、東京行きの新幹線に乗せたんだっちゃ」

興奮してきた加藤警部補の言葉が、どんどん仙台訛りなっていくのを聞いて、この人は感情的ではあるが、本当に良い人であると感じた。それと同時に、騙されやすくもあると懸念した。


「なるほど、では、この紙袋が東京行きの新幹線に乗ったのだから、形はどうあれ君の目的は達成されたわけだね。で、君はこの紙袋をどうするのかね?」


「それは、やっぱし丸山警部にお渡ししますよ」

加藤警部補はそう言って紙袋を私の前に差し出した。


「分かりました。では受け取ることにしましょう。はい、ありがとうございます」

私は紙袋を受け取り、購入している指定席へと向かおうとした。


「ちょ、ちょ、ちょ、待ってくださいよ。何だかスッキリしないって言うか、自分ここに居るの、バカみたいじゃないですか?!」


「新幹線のホームで手渡すか、新幹線の中で手渡すかの違いはありますが、目的は達成されたわけでしょう?だったら、もうこれで終わりで良いじゃないですか?」

加藤警部補はホームで渡すことしか頭になかったのに、いや、間違っても自分が車両に乗り込むなど微塵も考えなかったのだろう。ここまで連れてきてしまったのは私にも非があると分かっていたが、彼がこれから気持ちで動かされて騙されないようにしようと、あえて冷たくあしらった。



「いや〜、福島で降りますが、何だか狐に馬鹿された気分だっちゃ」

加藤警部補がガックリ肩を落としそうになったその時、助け舟が現れた。



「おい、聖也、加藤警部補を揶揄うのはその辺にして、もう乗ってしまったんだから、席に着こうや。おい、加藤君も、電車賃は俺が出してやるから元気出せ」

和さんは一度は席に着いたのだが、我々が揉めているのを気にして戻ってきてくれたのだ。


「加藤警部補、すまない、半分は本気で半分は冗談なんだ。君があまりにも良い人過ぎるから、ちょっと揶揄いたくなったんだよ。ホント、申し訳ない」

私は爆笑したい衝動を堪えながら、加藤警部補に対しての無礼を詫びて席に向かった。



「はぁ〜、ビックリしたっスよ。丸山警部、マジで嫌な奴だと思って、自分のブラックリストに載せるところでしたよ。周りから見たらイギリス人ぽい人に詰められている感じじゃないですか?!何だ〜、良がったっちゃ」

後ろの方で加藤警部補の安堵の声がする。


「ああいうところがアイツにはある」

後ろで和さんの笑う声がした。




「勤務中なら署の方には連絡を入れておけよ。もう終わりなら慌てる必要もないがな」

和さんが上司らしい言葉を口にしている。



加藤警部補を乗せた東京行きの新幹線の車内。
福島駅までの時間は20分ちょっと短い間だったが、母・玲子の差し入れをつまみながら、加藤警部補の純粋な刑事論に花が咲いた。


「自分、お二人と出会えて良かったっス。まだ一緒に仕事したいっスね。東京に行くどぎは、お世話になりますんで、美味しいものや、夜の繁華街にでも連れで行ってくださいよ。よろしくお願いしますね!」


加藤警部補は厚かましくも爽やかな空気を残して福島駅で降車した。

ホームから手を振る彼の姿を見て、我々は仙台という街に、加藤小次郎という大きな希望の光があると確信した。
しばらくすると彼が我々の後ろの方を指差して、慌て始めていた。


「変わった奴だったな」
動き出した新幹線の中で和さんが口元を緩ませながらそう言った瞬間、後ろの方から聞き慣れた声がした。



「あら、聖ちゃんも和さんもこの新幹線だったの?仙台で会えなくて残念だったけど、やっと二人に会えて嬉しいわ。差し入れはちゃんと受け取ったの?」


「ああ、母さん。これは参ったな」
加藤警部補が指を差していたのは、紛れもなく私の母の丸山玲子だった。



「玲子さん、奇遇と言うか、本当によく会いますね。差し入れはさっきいただきましたよ」


「そう、それは良かったわ。福島で用事があって立ち寄ったけど、おかげで二人と同じ新幹線に乗れたし、帰り道はこれで役者が揃って楽しい旅になったわね」


「母さん、別に一緒にしなくても良いのですよ。どうせ帰っても顔を会わせるわけだし」
私は冷たくあしらう様に母に嫌味を言った。


「あら、聖ちゃん、私が嬉しいのは和さんに会えたからよ。やっぱり何だかんだ言っても和さんはイケメンだし、長い付き合いだからこそ積もる話もあるわけだし、なんて言ったってあなたの上司なんですから、母としてしっかり息子のことをお願いしないといけないわよ」
母が来るといつもこうなるのだが、微妙に保護者面談を受けているようで気持ちが落ち着かなくなってしまう。



「そうこうしているうちに、あっという間に着いちまうぞ。玲子さんも座ってください」
和さんは私たち親子が言い争っているのを宥める様に席に着くように促した。

こうして私と和さんと母・玲子を乗せた新幹線は東京駅へ向かって走り出したのだが、宇都宮を過ぎた辺りから、何か違和感の様なものを感じ始めた。


出張帰りのサラリーマンや学生らしき若者の姿がちらほら目に入るのだが、一人だけサングラスにハンチング帽を被った背の高い男性が車両の前の方に座っている。我々は車両の後方の席なので10席くらい間があるだのだが、どこかで見覚えのある後ろ姿で、何やら英語を喋っている様だった。


その異変を感じ取っている私に対して、自分に注意が向くように母・玲子が話しかけてくる。

大宮、上野と過ぎて次はいよいよ東京となった頃、私はお手洗いに行くフリをして車両の前の方に移動し始めようとした。

「聖ちゃん、どこに行くの?もうすぐ東京駅だから、座ってなきゃだめよ」
母・玲子が私を引き止めようとする声に、微かな違和感を感じた私は、振り解くように通路を歩いたそのとき、サングラスにハンチング帽の男の横顔が見えた。



「おい、何で居るんだ、何しているんだこんなところで!?」





第二部へつづく


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