なんだか顔が大きな国会議員さんと握手したときにいただいた言葉をいまでも思い出すんです。
なんだか顔が大きな国会議員さんがかけてくれた言葉
もう十数年前になりますが、行政が主催した女性リーダー人材育成プログラムに参加したことがあります。半年間を通してさまざまな分野の専門家から学び、後半の半年間でグループに分かれて実証実験し、成果報告会をするという内容です。
プログラム終了後、その仲間とともに市民活動グループを立ち上げました。子育て真っ最中の母親たちのグループだったということもあり、地元の国会議員さんと面談できる機会をいただき、そのとき国会議員さんからもらったのがこんな言葉でした。
この言葉をかけてもらった時は、この「ゆるやかにつながる」というのがどういうことなのかピンときませんでした。「なんだか顔が大きな国会議員さんが、子育てママたちに力強い言葉をかけてくださって、握手したなぁ」と思っただけでした。
ですが、このあと、いろんな場面でこの言葉を思い出すことになるのです。
ネットワークを組成することは手段であり目的ではない
これまでわたしは、国や行政が主催するセミナーや支援プログラムなど「伴走支援」という場に身を置いていたこともあり、同じ学びをうけた仲間同士がつながり「ネットワークを組成すること」を目的のひとつに挙げている場合がありました。
仕様書にそう書かれているので受託した者としてはそれを実行するのですが、一応聞くんですね。「なんでネットワークをつくる必要があるんですか?」と。でも、その質問に対して納得のいく回答をかえしてくれる職員さんはいませんでした。
「これまでもそうだから、そうすることになってる」とか「事業をきっかけにこういうのをつくっておけば、事業がなくなっても必要な人どうしでつながりあうでしょ」みたいな回答ばかりでした。手段(ネットワークを組成する)が目的になってしまっていて、その手段(ネットワーク)をつかって、なにをしたいのか、だれも答えてくれませんでした。
つながりあってゆける環境とつながりあってゆくチカラ
人と人とで構成されるネットワークは「生き物」です。ただつくっただけでは、時間が経てば死んでしまいます。水も与えず、日にも当てず、放っておいても育ちません。はじめのうちは少しお世話をやきながら、人と人とが自分たちで自らつながりあってゆけるような環境を育む必要があります。
そして、この「自らつながりあっていけるような環境」というのがあり、そこに「つながりあってゆくチカラをもつ個人」がいて、はじめてネットワークが生きてくるのだと思っています。個人と環境は両輪です。
ほんの少しの勇気とおせっかいをおしみなく
この4月からはじめる新しい取り組みとして、「ツキイチぐらいでゆるやかにつながる場」をつくりました。わたし自身がこういう場がほしいなと思っていて、声をかけたら、あっという間に30名ほどのグループができました。
みんなつながりたいと思っているけど、つながりかたがわからなかったりするのかなと思いました。
つながりたいと声に出す(でも誰も反応しなかったらどうしよう…)
お世話するのは面倒だな(だれか言い出しっぺになってくれないかな…)
ほしいものを待ってたらあっという間に年をとっちゃう。少しの勇気でほしいものが手に入るならその勇気おしみなく出してみてください。
4月から人事異動や転職などで環境が新しくなる人もいると思います。これまでのつながりやこれからのつながりのなかで、ぜひ、「細くとも長くゆるやかにつながりあっていってください」。そして、そのつながりは、ほんの少しの勇気とおせっかいが必要です。おしみなくつかってみてください。