20歳まで自分の好きな色を知らなかった私が29歳で髪をピンクに染めるまで【後編】
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社会に出て、白と黒に染まる
ロリータをしていた大学時代からは生活は激変し、社会人になるとスーツにパンプスで出社した。赤やピンクは一旦忘れ、黒と白に染まっていく毎日だった。
仕事は楽しかった。お金が出ていくばかりの学生時代とは違い、毎日やることがあって、学びがあって、人の役に立って、お金がもらえる。職場の人たちも良い人ばかりで、何も知らない新社会人の私に本当にたくさんのことを教えてくれた。
だけど、家に帰ると1人ぼっちだった。地方出身で週末気軽に遊べる人もほぼいない。仕事で疲れ、何かに打ち込む気力もなければお金もない。次第に私は仕事をしている時だけ幸せを感じるようになり、心と体のバランスを崩していった。
正直私はこの頃どんな服を着ていたのかも覚えていない。世界が急速に色あせていくばかりで、足元が砂になって崩れていくようだった。
結局その後、私は完全に体調を崩し働けなくなり、自分を取り戻すのに何年も費やしてしまった。何年もかけてゆっくりとゆっくりと、アリ地獄から這い出していった。しおれた花が頭をもたげ世界に色が戻り始めた時、私は29歳になっていた。
人生で一度は髪をブリーチしてみたい
29歳。そう、20代最後の年だ。
おそらく大体の人がそうするように、私も自分自身に尋ねた。
「20代でやり残したことはないだろうか?」
鏡の前に立つと、私の意識は自然と髪の毛に向いた。私の髪はくせっ毛で、綺麗なロングを保つのが難しい。今後30代40代と年を重ねていけばクセは強まり、ロングすらもできなくなるのだろう。
私はブリーチをしたことがなかった。
じゃあ、髪の毛を大好きなピンクにしてみよう。
この頃の私は強かった。
暗黒の時代を経てようやく自分の人生を生きられるようになり、仕事だけでなく、ようやく毎日の全てが楽しいと思えるようになっていたのだ。
どうせなら、明るくて派手なピンクにしよう。
すぐに近所で派手髪を得意とする美容院を探し、予約を入れた。
***
当日、私は意気揚々と美容院に向かった。
いきなり全部ブリーチするのは怖かったので、私は「インナーカラー」というものをすることにした。
インナーカラーは、耳からうなじ周りの内側の髪にだけ色を入れることを指す。髪の表面は黒髪のままなので少し派手さを抑えることができる上に、多少髪が伸びてきてもプリンに見えないのだ。
「30歳になる前に、一度だけブリーチしてみようと思ったんです」
私は美容師さんに言った。
派手髪にし、それを保つには結構なお金がかかる。だからこの時はブリーチは一度きりの人生経験で、またすぐ黒髪生活に戻るつもりだった。
美容師さんは「あー」と言い、答えた。
「みなさん最初はそうおっしゃるんですけど、派手髪を続ける方が多いんですよ」
美容師さんは正しかった。6年経った今も私の髪はピンクだ。
「何歳になってもピンク、やりましょうね」
思ったよりずっと長い付き合いになった美容師さんが先日私に言ってくれた。
ピンク髪への周囲の反応
翌日会社へ行くと、概ね評判は良かった。
そもそも業界柄、社内には既にありとあらゆる髪色の社員がいたから、そこまで驚く人はいないのだ。
だけど、ずっと素朴だった私に見慣れていたであろうそこそこ年上の人たちの中には、嬉しくない反応をする人もいた。
「ピンクってすぐ色落ちしちゃうんでしょ?お金の無駄無駄!」
ピンクシャンプーで洗えばキープできる、と言っても聞いてはくれない。
しょっちゅう変えている自分のネイルは棚に上げているようだ。
極めつけはおじさん社員だ。
「なになに?そういう趣味の彼氏でもできたの?」
オフィスの人目が少ない場所でニヤニヤと聞いてきた。
こういう発言をされるのは想定外ではあったけど、気にするまでもないことだった。私が、私のお金で、私のやりたいことをやっている。それだけのことだけど、説明したとて理解できない人もいるということだ。
それに大体全てのことは大丈夫になるようにできている。
実際、そういう人たちはすぐに何も言わなくなった。もちろん、褒めてくれた人たちもいずれほとんど何も言わなくなる。
「やまりさんは髪がピンク」
それが当たり前になるからだ。
好きを貫くと、周囲は案外静かだ。
こういうのはイメージをつけたもん勝ちなのだと思う。
ピンクの服を着れないなら、髪をピンクにすればいいじゃない
最初はインナーだけに入れていたピンクも、徐々に広範囲へ入れたくなった。でも美容院に頻繁に行くタイプではない私はプリンになることが嫌で、全ブリーチだけは避け続けた。
ピンクデビューから3年ほど経った頃だ。ひょんなことから仕事の都合で一時的に服も髪色も派手にできなくなってしまった。期間としては半年ほどだったが、これが本当に辛かった。
髪を黒色に戻すのはまぁ仕方ない。でもせめてピンクの服を着れたら良かったのだけど、また服まで白黒の日々に戻ってしまったのだ。
***
私は痛感した。ピンクはただの色ではない。
身につけたピンクから、私は幸せや生きる活力をもらっていたのだ、と。
やがてまた派手髪ができる状況になった時、私は真剣に考えた。
今後もピンクの服が着れない時がくるかもしれない。そもそも、服は毎日替えるものであって私の体の一部ではない。
それなら髪の毛を全部ピンクにすれば、素っ裸でも幸せでいれるんじゃない?
心の声が囁き、一瞬で心が決まった。
かくして私はインナーカラーに別れを告げ、髪の毛を全てピンクに染めた。
私は衝撃を受けた。
あまりにもしっくりきて、ピンクこそが本来の地毛であるように感じたのだ。「生まれて初めて髪の毛が本来の色になった」と思った。
これは自分をとことん幸せにしようと決めた覚悟のしるし。私は単なる色のついた髪の毛を手に入れたのではない。髪をピンクにすることで私が得たのは、生き方だった。
今の目標は、いつかピンク色の可愛いおばあちゃんになることだ。
ピンク髪歴6年になって思うこと
「髪の毛をピンクにしようか迷ってる」という人は少ないかもしれない。
でも、「もう30歳になるのにこんなことをしていいのかな」という人は多いのではないかと思う。30歳に限らず、何歳でも。そしてそんな人がいれば、私はぜひ背中を押したくてこの記事を書いた。私もそうだったからだ。
あえてタイトルには年齢を入れたのだけど、私が最後に言いたいのは「年齢なんてただの数字だ」ということだ。確かに生きていれば年齢は上がっていく。でも、それに応じて人は崇高な生き物に昇華していくわけではない。
人は人のままだし、人の生き方も変わらない。
自分の機嫌を自分でとり、幸せを追求する。それだけ。
やりたいことがあって、その方法が分かるならあなたはその時点で幸せだ。本当に幸せになるか、やってみたらいい。幸せだったら誰が何と言おうと続けたらいいし、そうでもなかったら別のことを探したらいい。
「これをやりたい」と思う限り、道は必ず開き続けるのだと思う。
そこに年齢なんて関係ない。
ただ一つだけ忘れないで欲しいのは、時間には限りがあるということだ。
思ったより長い話になってしまった。
ここまで読んでいただいた皆さんの幸せを心から願って、私とピンクの話はおしまいとする。
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