見出し画像

北半球を飛び出したら、南の島の神様に出会った


「ここではゆっくり、深く息をしてもいいんだよ」


大地や空が語りかけてくる。
目の前にある大自然に、目には見えない偉大な力を感じる。

人々はおそらくこれを「神」と呼ぶのだろうと思った。


***


南の島の神様に出会ったのは20歳の時だ。

大学の冬休み、雪の降る東北を飛び出して「世界一幸せな国」と言われるバヌアツ共和国へ旅をした。

首都のポートビラにひとたび降り立つと、私は不思議な感覚に包まれた。
熱い抱擁で私を出迎える熱帯の風、肌を直火で焼くような太陽、生まれたての青をした海、原色の絵の具を筆で置いたような花々、太陽を山ほど浴びた艶やかでたくましい緑。

バヌアツの自然

東北で生まれた私にはどれもこれもが未知で、目を開けられないほど圧倒的でまぶしい光景だった。「北国で育ったゆえの南国への憧れ」と、一言で片付けられたらどれだけ簡単だっただろう。


本来の自分を取り戻すような感覚だった。
体の中心に入っている硬く冷たい芯が暖められ、ゆるんでいくのが分かった。大きな手で、凝り固まった心や魂までじっくり揉みほぐされる。

初めて南国に来たことを見透かされているような気さえした。海から吹きよせ、海へと帰る風は大きな呼吸のように私を包み、癒す。

生まれて初めて北半球を出た私は、一瞬で南の島の虜になった。

***


それ以降、私は何年かに一度南の島へ旅をする。
南の島の神様に会いに行くことが、私の旅のテーマになったのだ。


いくつか南の島を訪れると、みんなどこか少し似た空気をまとっていることに気づく。穏やかな時間が流れ、人々は肩の力を抜いて暮らしているように見える。だけどそれぞれ自然も文化も異なり、思い返した時に脳裏に浮かぶ景色も違う。

原色のバヌアツで見た人々の陽気な笑顔。沖縄で目覚めた時に窓から見た静かな朝日。トンガで出会ったふくよかで驚くほど人懐っこい人々。モーリシャスの浜辺で食べた瑞々しいスターフルーツの味。どこまでも続いていきそうな爽やかなニュージーランドの草原。ハワイの底抜けに青く高い空と吹きつける海風。天国の色をそのまま映したような竹富島の海。

幸運なことに、たくさんの南国の神々に会うことができた。

モーリシャスの海

本当は世界のどこにだって神様はいる。
南の島に行くようになって気がついた。東北の神様は無口で、厳かな長い冬の後にいつも少しだけ頬を緩ませる。南国の神様は気まぐれで、人々を抱き寄せたかと思うと自然の厳しさを見せつける。東京で暮らすようになった今では、そのどちらもたまらなく恋しい。


そもそも私はすごく暑がりで、夏が一番苦手な季節だ。
汗をかくのも普段は大嫌いだし、髪はくせっ毛で湿気に弱く潮風にさらされると目も当てられない。

だから北半球もあちこち旅をした。

美しい景色をたくさん見たし、また訪れたい場所も数多くある。それでも、南の島に行くたび、私の心が一番落ち着くのは結局ここなのだと気づかされる。どれだけ汗でベタベタでも笑っていられる。空を見上げて、大きく息を吸える。

竹富島の海

だから私はこれからも南の島への旅を続ける。
日焼け止めと、替えのTシャツと、サングラスを持って。飛行機へ、船へ乗り込んで。南の島の神様と、本来の自分に会いに行く。

風を通じて神様は何でもないように私を抱きしめ挨拶する。そして音のない波のように、また海へ空へと優しく帰っていくのだろう。


サポートはうちの可愛い猫と犬のおやつ代になります