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学校を走ってたら皇族のSPに怒られた
大学生の頃、皇族の某殿下が学校の視察にいらっしゃった。
「今日、某殿下が来ているらしい」という情報を小耳に挟み、ミーハーな私はどうしても一目見てみたくなった。
だけど、学内のどこをどう回るのかなんて分かるわけない。そもそも皇族はそんな簡単にお目にかかれるものではないのだ。
あちこち歩いても遭遇することはなく、その日最後の授業が終わってしまった。
残念。家に帰って昼寝でもするか。
怠惰な大学生らしく、ぼけーっと友人たちと教室から踏み出した時だ。
廊下にスーツ姿のSPが立っていた。
その時私がいた教室は2階にあり、1階に下りるには”近い階段”と”遠い階段”の2つの選択肢があった。
近い階段までの間には教室がもう一つあって、SPはどうやらその教室に学生達を近づけたくない様子だ。
私たちは普段通り近い階段の方向に進もうとしていたのだけど、廊下に立ちふさがったSPは両手を振り、遠い階段を使うように私たちに指示してきた。
ほうほう。
目の前の教室に、きっと殿下がいるのだな。
私たちはすぐに察してちょっとドキドキしながらも平静を装い、大人しく指示に従った。
そうして遠い階段で1階に下りたのだけど、校舎を出るか出ないかのタイミングで私は教室に忘れ物をしたことに気がついた。椅子の背もたれにかけた上着だ。
私は迷った。
校舎の出入り口から遠い階段まではちょっと距離がある。対して、近い階段は出入り口の真横にあるのだ。
ダルいから近い階段から2階に戻りたい。
さっきSPは近い階段から1階に下りるのはダメと止めたけど、登るのもダメとは言ってない。ちょっと忘れ物を取りに行くだけだし、大丈夫だろ。
いかにも若者らしい「横着」としか表現できない考えだ。
「ちょっと忘れ物とってくる」
友人に告げ、私は近い階段へと駆け出した。
私は階段を駆け上がった。
すると、なんと踊り場にさっきと違うSPが2人立っていた。
SPはさぞかし驚いただろう。
いきなり殿下がいる教室を目がけてカバンを抱えた学生が1人バタバタと走ってくる。危険な思想を持った反逆者か。
私も驚いた。
SPってこんなにいるんだ。
「ちょっと止まって!どこ行くの?ここ通れないよ」
SPは階段を駆け上がる私をきつく制止した。
「え、教室に忘れ物して…」
まさか階段にまでSPがいるとは思っていなかったうえに結構強めの口調で止められ、私はおどおど答えた。
SPは心底嫌そうな雰囲気を出して一瞬迷った。
そして私が危険人物ではないと判断したのか、道を開け階段を使って良いとジェスチャーした。
「早く行って」
「ありがとうございます」
私は引き続き階段を駆け上がった。
階段を登りながら私は考えた。
階段にまでSPが立っているということは、やっぱりあの階段横の教室には殿下がいるんだ。
だとしたら、ちょっとだけ見てみたい。
でも見ちゃいけない気もする。
教室の前を通り過ぎながら葛藤したあげく、ちらっと一瞬だけ視線を室内に向けた。
いらっしゃった。
教室の一番後ろで、グレーがかったスーツを着た殿下が少し体をかがめ、授業を熱心に受ける学生の手元を覗いていた。
「良いもの食べてる体だなぁ」
一瞬だったけど、そう思った。
痩せているわけでもなく、太っているわけでもない。ムキムキでもなく、だらしなくもない。しっかり栄養をとり、管理された体。
そして体にぴったりと沿うように作られたスーツ。
生地もペラペラじゃなく上等なのが分かる。
本物だ。本当にいた。
テレビや新聞の2Dでしか見たことのない殿下が、3Dで目の前にいる。
本来ならお目にかかれないはずだったのに見てしまった。妙な罪悪感を覚えながら足早に通り過ぎ、元いた教室に戻って上着を回収した。
SPに怒られたくないから、帰りは遠い階段を使った。
思いがけず殿下を見ることができて少し舞い上がってしまったけれど、家に向かいながらふつふつと怒りに似た感情が湧いてきた。
なぜ自分の学校なのに、階段を使っただけで怒られないといけないんだ。
もちろんSPが命がけで日々皇族の皆様を守ってるのは分かる。殿下目がけて走ってくる学生など怪しすぎるのもよく分かる。安易な頭で近い階段を使った私に非があるのも分かる。
でも、警察の人がタメ口で話しかけてくるのはやっぱり苦手だなぁ。
ただ、それだけの話。
いまだに時々この時のことを思い出しては複雑な気持ちになる。
皇族の方をすぐ近くで見れたという特別感、まるで近くで見るために近い階段を使ったみたいだなという変な後ろめたさ、そして階段を使っただけでSPに怒られたというモヤモヤが混ざり合うのだ。
最後に。
あたりまえだけど念のため。
あなたも、もしある日皇族の方に思いがけず遭遇したとしても、むやみに駆け寄ってはいけない。SPのためにも。
私との約束だ。
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