青空 超短編小説
ちょっと早起きをしてみた日。
わたしは散歩に出かけた。すっぴんで、寝巻きのまま外に出るのは久しぶりだ。
髪の毛も束ねていないが、とりあえず外に出たい気分だった。
「うわー、まだ涼しー。やべー」
ひとりごとで騒ぎながら歩いた。
コンビニに寄り、クッキーとコーヒーを買う。客はわたし以外いない。
じゃらじゃらと流れ落ちるお釣りの音が、うるさく耳に響いた。
コンビニから出ると太陽が昇っており、真夏の暑さが肌を刺してくる。チョコチップクッキーとプレーンクッキーで少し悩んだからか、とため息を吐きながらタバコに火をつける。
じりじりと1秒1秒温度が上がっていく夏は、毎年わたしを圧倒させる。
こんなに暑いのに、空は今日も綺麗だ。わたしを感動させて、ずるい季節だ。
火を消して、誰もいない公園のじゃり道を踏んだ。公園の隅には緑が生い茂っている。
そこから僅かな機械音が聞こえてきた。子供がおもちゃを置いていったのかもしれない、と機械音のする方へ向かう。
「ダレカイル?」
機械音が含まった声がした。
「いるよ! どこ?」
わたしは何も想像せず、ただひたすら何がいるんだろうという好奇心だけで、返事をした。
しばらくして、木の幹から顔を覗かせたのは、全身が鉄のようなものでコーティングされたロボットだった。
「ロボット?」
驚いたわたしに驚き、逃げようとしたロボットは足を引き摺っていた。
「足! 壊れてるでしょ、直させてよ」
「ナオセルノ?」
振り向いたロボットは、感動したように目を見開いている。
「あ、ごめん。直し方はわからない。でも、気持ちはとても……ある」
「キモチ?」
その言葉を聞いたロボットの表情が、どんどん暗くなっていくのがわかる。なにか思い出したのかもしれない。
「……何かあった? 話せる?」
このロボットはさまざまな問題を抱えているように見える。一人ここに置いて、別れるわけにはいかなかった。
ただ、ロボットは草の中から動こうとしない。ずっと天を仰ぎ、鉄を光らせている。
「ロボットォ、一回ここ座って喋ろうよ」
無言が語る哀しみに耐えられなくなり、少し戯けた口調で近くのベンチに誘った。
ようやく動き出したロボットは、足を引き摺りながらベンチに座ってくれた。
まだ全身から哀しみを放出させているロボットの横顔を見つめながら、わたしはクッキーをボリボリ食べ、ロボットが話すのを待った。
「ボク、キモチ、ワカラナイ」
「ロボットだからな、仕方ないよ」
「ヒトノキモチ、カンガエラレナイ」
「ロボットだから、それが長所じゃん?」
「……ボク、ミンナト、ミタメチガウ」
最後の言葉だけ、他の言葉より機械らしい音がした。
「ロボットにとって、見た目ってそんなに重要なの?」
まっすぐロボットを見つめられなくなったわたしは、クッキーの粉を地面に落としながら訊いた。
「ミンナ、ニンゲンミタイニ。トイウ」
ロボットなのに、ロボットらしいやつは負ける世界か。不条理だ。
「それで苦しかったわけね」
「ミンナ、ニンゲンとミタメオナジ。ダカラ、ロボットとニンゲン、トモダチニナッテル」
「なるほどね」
こいつのキモチが、なんとなくわかったような気がした。つまるところ、不良品だ。
「……ところで、あんた名前は?」
ロボットはピッピッとボタンを押した。のち、肩周辺から自己紹介が流れた。
「APフジ。りんご農家の投資により作られたロボット」
バズ・ライトイヤーのような仕組み。喋る方が楽じゃないか、とは思ったが、突っ込むのはやめた。
「りんご農家で働くために生まれた、みたいな?」
ロボットは小さく頷いた。
「じゃあさ、りんごってどうやって甘いの見分けんの?」
知識を試すつもりで聞いてみた。ロボットなら、詳しいだろうと。
「甘いのは、ふじです。ふじが1番甘いです!ふじはとってもみずみずしく、とても艶やかで濃密です。なぜなら……」
「あー、ありがとう。もういいよ」
営業までプログラミングされていた。
「じゃあフジさ、これ見てどう思う?」
わたしは大きな空を指差して、フジに訊いた。
「アオイ、ソラ。キレイ」
不安そうだが、しっかりと呟いてくれたのを聞いて、嬉しくなった。
「この空が綺麗だって認識できるなら、フジはもうわたしの友達だよ」
そう言うと、フジは飛び跳ねた。
「ヨロコビ、ワカリマセンガ、ミンナ、ウレシイトキ、トビマス。オリンピックでミマシタ!」
ロボットがぎこちなく飛び跳ねている光景は、死ぬほどおもろかった。まじ草だった。
「フジ、足壊れてんじゃないの?」
「アレはウソデス! ケガすると、ニンゲン寄ってキマス」
フジの言葉が少しずつ流暢になる。フジは人とずっと喋りたかったんだろう。
「あんまり嘘つくとハリセンボン飲ませるよ」
「ソレ、ハリセンボンじゃなくて、針千本!デスヨ」
うるさいロボットと友達になってしまったみたいだ。
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