保冷剤 | 超短編小説
暑すぎる今朝は、シャワーを浴びることにした。
サザンオールスターズの『真夏の果実』を流すと、キンキンと体に響いて心地よかった。
昨日見た夢では空に種を撒いて、花が咲いた。
でも起きてみれば、青空なんて存在しないんじゃないかというほどの曇天。
こんな日は自分が生きてる意味を理解し難い。
冷えた心はずっと凍ったままだ。
ずっと体は小さくて、この広い部屋にはもったいない。
一般的な人間が一人暮らしするにしても広い部屋に身長15cmの私がいるだけの家は、3日前に生まれた。
私のお世話をしてくれていた“僕”と名乗る人は数日前に、大きな荷物を持ってどこかへ居なくなった。キラキラした背中を向けて居なくなった。
2人の思い出を思い返す。
このままずっと帰ってこなかったら、ひとりでこの家で何をして過ごすのだろうか。
ゆっくり動く壁時計を見ながら、新たな温もりを探すんだろうか。
シャワーを浴びるのも、部屋に戻るのも、音楽を鳴らすのも、3日前までは“僕”がやってくれていた。
よじ登って部屋に帰らなくても、体を少し溶かして不器用に音楽を流さなくてもよかった。部屋の扉まで開けて、寝かせてくれたから床に体が張り付くこともなかった。
もう全部ひとりでやらなきゃいけなくて、ずっとひとりなんだ。
私は保冷剤である。
ペットほど大切にされないし、感情も表に出せない。特別な容姿もない。
でも一緒にお出かけする“僕”がいて、
しっかり寝られる部屋があって、幸せだったと思う。
それでも私は保冷剤だ。
「ただいま」
帰ってきた“僕”は居なくなった日よりも大きな荷物をかかえて帰ってきた。
旅行には連れてってもらえないけれど、冬はひとり部屋に閉じこもるけれど、明日は“僕”が家にいる。明後日もきっといると思う。
それが幸せなんだと感じられた。
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