2021年8月の記事一覧
私の好きな短歌、その19
病む母の枕(まくら)にかよふ浪(なみ)の音たかければ母は眠られざらむ
橋田東声、歌集『地懐』(『日本の詩歌 第29巻』中央公論社 p85)より。
一首明瞭で謎がない。ごく当たり前の言葉で出来ている。私だったら、海の名前を入れたりして独自性を出したくなるところだが、それは無用なのだろう。
「母」が二度出てくるが気にならない。むしろ全体に母のイメージが濃くなり、効果的。波の音が「かよふ」とい
私の好きな短歌、その20
嘶(いなな)けばいななきかへすこゑごゑの村に響(ひび)きて馬市(いち)たつらしも
橋田東声、歌集『地懐』(『日本の詩歌 第29巻』中央公論社 p88)より。
歌材が古くて新鮮だ。おそらく自動車など村にはなかったであろう時代、馬のいななく声が辺りに響いている。馬が交通手段として乗られていたのか、農耕用だったのか、あるいはその両方なのか。いずれにしても馬の市が立つくらいであるから、生活の中で一
私の好きな短歌、その21
戦死者をラヂオが読みあぐる昼つ方われは校正の筆つづけをり
半田良平、歌集『幸木(こうぼく)』(『日本の詩歌 第29巻』中央公論社 p97)より。
解説によれば昭和12年(1937年)初秋の歌。同年7月に盧溝橋事件が起こり、日華事変が始まり、戦争は次第に拡大されていったとある。戦争が遠くで起こり、広がり始めている不穏な空気である。ラジオで戦死者を読み上げることができるのは、まだ戦死者が少なか
私の好きな短歌、その22
兵一人あまさず死にて言絶えしアツツの島を誰(たれ)か忘れむ
松村英一、歌集『標石』(『日本の詩歌 第29巻』中央公論社 p121)より。
第二次世界大戦、昭和18年5月29日、アッツ島玉砕のニュースに接しての歌だという。私はアッツ島玉砕という言葉を知ってはいるが、「誰か忘れむ」という感情が起こるほどの臨場感は伴っていない。一首はまさにその臨場感の中で歌われたものだ。時は過ぎ、昭和が平成となり