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私の好きな短歌

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私が好きな短歌を紹介します。主に大正、昭和の歌です。時々現代のものも。
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2021年4月の記事一覧

私の好きな短歌、その2

中村憲吉、歌集『しがらみ』より(中央公論社『日本の詩歌 第6巻』p203)。

国こぞり電話を呼べど亡びたりや大東京に声なくなりぬ

 「関東大震火災」中の一首。当時作者は大阪毎日新聞の経済部記者として働いていた。詞書に「大阪にて関東大地震を感じたれど、未だ大災害の起れるを知らず。ただ総ての通信機関その活動をとどめ、夜に入るも帝都の音信伝はらざるを怪しみ、人人初めて不安の念に駆らる」とあり生々しい

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私の好きな短歌、その3

 中村憲吉、歌集『軽雷集以後』より(中央公論社『日本の詩歌 第6巻』p230』)。

真むかひの山家のなかは西日射しあからさまなる仏壇のみゆ

 「秋の山田」中の一首。憲吉が帰郷して家業(蔵元)に従ってからの作。山間の里では、川に沿った平野部分は水田にして、住家は少し上がった山腹に建っていることがある。家が西に面していると、下の田が山影に入っても、家にはしばらく西日が差し込む。そこに「あからさまな

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私の好きな短歌、その4

中村憲吉、歌集『軽雷集以後』より(『日本の詩歌 第6巻 p238』)。

病む室の窓の枯木の桜さへ枝つやづきて春はせまりぬ

 『日本の詩歌第6巻』の憲吉の章では最後の歌。「窓前」という題がある。これが憲吉の人生最後の歌なのかどうかは分からないが、この桜が咲いた後、5月5日に死去したと注にある。桜の枝がつやづくとは、どんな感じだろうか。見た目に分かるものなのだろうか。晩年病がちだった憲吉は、自分の

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私の好きな短歌、その5

夕まぐれ音をひそめて帰り来し子どもは雨に濡(ぬ)れてをるかも

島木赤彦、歌集『切日』より(『日本の詩歌 第6巻』中央公論社 p20』)。

 「赤罌粟の花」中の一首。罌粟が咲くのは初夏という。なぜ子どもが音をひそめて帰ってきたのかは分からないが、子どもは濡れている。情景は明白だが、すべてが明らかではないという魅力がある。子供は雨に濡れてしょんぼりしているのか、あるいは何かに夢中で雨に濡れることを

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