嘘百珍
カルボナーラを食べると思い出す。*写真はナポリタンです、念のため。
何日目だかわからない……徹夜での校了作業を終えたあと、
「最高に旨いカルボナーラ、つくってやるよ」と、
コワモテの上司が編集部のキッチンに立った。
食欲なんてとてもとても。
それよりも睡眠欲……
とにかく横になりたい、弛緩したい……
それがなによりのご褒美であり、ご馳走のはずだった。
それなのに、プロセスのポイントを解説しながら、
手順を進める、上司の手元から目が離せなくなった。
どうして、この場にパンチェッタがあるのだろう?
なにゆえに、自分でパンチェッタをつくって、
ここに持ち込んだのだろう?
それにしても、ずいぶん香しいなぁ……と、
上司の背中を見つめているうちに、
かくして、カルボナーラは、私の目の前にやって来た。
おいしかったと思う。
いや、旨かったはずだ。
でも、肝心な味は覚えていない。
20年近く経った今、
手元に残るのは、そのとき、上司が走り書きした
パンチェッタの作り方のメモだけだ。
『嘘百珍』より抜粋。ちなみに写真はナポリタンw