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読書感想文 高島鈴 著 「布団の中から蜂起せよ アナーカ・フェミニズムのための断章」

アナーカ・フェミニズムは聞きなれない言葉です。アナーキズムとフェミニズムを合わせた考え方のようです。googleで検索すると「布団の中から蜂起せよ」が検索上位に引っかかて来て、新しい言葉のようです。アナーキズムは、国家や権威への反対を掲げ、個人の自由と相互扶助を重視する思想です。ただ単に無秩序を望むものではありません。

この書籍は紀伊國屋じんぶん大賞2023の大賞を受賞しています。著者自身が受賞した際の言葉が載っています。リンクを張っておきます。

まず表紙の絵が目を引きます。昼間でしょうか。カーテンが引かれ、薄暗い。本が大量に積んであります。扇風機が見えます。夏なのでしょうか。それとも単にしまっていないだけなのでしょうか。中央に目を向ければ、布団の中から、何かをとろうとしているのか手が力なくのばされています。その布団の向こうには旗が見えます。自由の女神が旗をもって民衆を扇動しているイメージのようです。ゲーム機のコントローラーも見えるし、スマホも見えます。割れてしまったマグカップも見えます。全体としては足の踏み場もない散らかった部屋です。

この本にあるのは散乱です。大きな問題や、小さな個人的なこと、親友とゲームをすること、文献から過去を呼び出すこと。問題が散乱しています。問題とは主に差別されるものと差別するもの、そしてそうした社会の仕組みそのものへとの抵抗です。その散乱した集積の中でベットに力なく横たわってる姿そのものです。

ここに収められた文章の多くはコロナの時代に書かれています。2020年前後の文章です。著者はコロナの中で、ステイホームをしなければなりませんでした。著者にとって家族は居心地のいい場所ではありませんでした。精神的な不調を起こしてしまいます。こういう人は多かったようです。精神科が予約が取れなくて困った人は多かったようです。いかに人間が街に出ていくだけで、救われるのかを示しているでしょう。

この本に書かれているのは著者の抵抗と格闘の記録です。どうしても書きたい欲望がこの本を成立させています。敵を攻撃し、アジテーションします。敵とはすべての差別であり、家長制であり、資本主義です。これを読んだ方には眉を顰める人もいるでしょう。私自身彼女の敵なのかもしれません。ただそれでも戦う姿勢が読むものに何かを残すでしょう。

布団の中から蜂起するとはもちろん相反した言葉の連なりです。蜂起するとは街頭に出て武器を持って戦うはずのものだからです。布団の中でどうするのか。

布団の中から蜂起せよは呼びかけというより、命令形であり、アジテーションでしょう。アジテーションとは論理的な説明よりも、恐怖心、怒り、希望といった感情に強く訴えかけることです。あるいは何かしらの敵対勢力を設定し、その存在を強調することで、一体感を生み出そうとします。プロパガンダの言葉とうり二つです。アジテーションとプロパガンダは同じ様相を持ったものです。著者自身アジテーションはよりましなものでしかないと書いています。

これを何度も書きなおしながら、いろいろ考えました。私の感性とは違います。私は高島鈴からすれば保守的な倒すべき人間なのかもしれません。別に差別主義者ではないです。それでもこの本を読んで何度も考えて思い浮かんだ言葉は「悪をなさず孤独に歩め森の中の象のように」です。『法句経(ダンマパダ)』という仏教の経典に由来する教えです。巨大な体を持った象が静かに森の中にたたずんでいる、そんな風景の浮かぶ言葉です。

悪をなさずとは結局既成の秩序に従うことであり、体制を追認する言葉だと非難することはできます。悪とは何なのかわからないではないか。疑問は次々にわいてきます。仏教のこともたいして知らないけれど惹かれるのも確かです。

最後に著者は1995年生まれの30歳です。中世の研究者でもあるようです。コロナという私も同時代を生きたものとしてその記録は面白かったです。短い文章の集まりなので、ところどころ読んでいくことが出来ます。文章も固くなく読みやすいです。ぜひ読んでみてください。


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