『うらはぐさ風土記』 中島京子著 (書評著者: 瀬田かおる)
「人たらし」な人を私はとても羨ましく思う。人の悩みの原因は「人間関係」であることが多いと聞く。若いときには人との距離がうまく取れず悩んでばかりいた。今回ご紹介する中島京子の『うらはぐさ風土記』の主人公、沙希はまさに「人たらし」な人物なのである。
大学卒業を機に渡米し、三十年ぶりに帰国した沙希。母校の大学があった東京武蔵野にある「うらはぐさ」と呼ばれる町に住むことになるのだが、そこで出会う人とすぐに仲良くなってしまうのだ。
日本での新生活をうらはぐさにある伯父の家で始めることになった。一人暮らしをしていた伯父は認知症になり施設に入ったことで空き家になっていたのだ。庭の手入れをしてくれている伯父の友人の秋葉原さんとその妻である刺し子姫。それに沙希が講師を務める大学の教え子たち。うらはぐさで出会う人は皆それぞれ個性的なのだが、人たらしな沙希はすぐに仲良くなってしまう。
七十六年間、一度も働いたことがないという高等遊民の秋葉原さんにも、敬語の使い方がハチャメチャな生徒、マーシーに対しても沙希は「こうあるべき」という考えを持たない。初対面の人、それも個性的な人であっても、「普通はこうでしょ」と、常識で接することがないから相手も警戒しないのだ。そのため、ずいぶん前から知り合いだったかのように仲良くなってしまう。「人たらし」、羨ましい!
伯父から「いいもんにあれしなさい」と謎の言葉を告げられる。認知症のため、意思疎通が難しくなってきている伯父が言うのだから深い意味はないと思いつつ気になる沙希。しかし、物語が向かっていく先をこの、伯父の言葉が的確に表している。
うらはぐさには再開発の話が持ち上がっており、そのため町は大きく変わろうとしている。一方で、沙希の元に離婚した夫がひょっこり現れる。彼に対してわだかまりを持ち続けていた沙希であったが、数年ぶりに話しをしたことで沙希の口から「わたしたちは、やさしくなかった」と出た。
再開発によって「うらはぐさ」の懐かしい景色はなくなってしまうかもしれないし、縁の切れた元夫との間にあったわだかまりもなくなった。そのどちらの変化にもあったのは時の経過である。「時」は誰にも平等に流れている。だからこそ、時の流れによって変化することを上手に受け入れ、出会った人のご縁を大切にして生きていって欲しい。認知症の伯父であったが、もしかしたらそのことを沙希に伝えたくて「いいもんにあれしなさい」と言ったのではないだろうか。
大事件が起こるわけでもなく、おだやかな物語である。しかし、登場人物のセリフひとつひとつが大切なメッセージに繋がっていたことに後からじんわりと気づかされる1冊であった。
(発表想定媒体 50代向け婦人雑誌)
(書評著者)2024年7月講座受講生 瀬田かおるさんのコメント
自他共に認める「本の虫」ではありますが、どうせなら読んで終わりではなく、この面白い本のことをなるだけたくさんの人に伝えたい。そのためにはどう書くのが良いのだろう?そう思って参加した書評講座です。書評を書くために読むのは、これまでとは違った感覚がありました。自分ごとではなく、伝えるために読むからです。受講当日、何度目かの受講である生徒さんもおられる中、一人ひとりにトヨザキ社長からの講評をいただけるとあってヒヤヒヤものでした笑。その講評も何か一つは褒めて下さるので、ビビリな私としては「次こそは!」と奮起することができました。講座最後に「何より楽しんで書いて下さい。まずは自分が書きたいように書く。それについて意見をもらえばいいだけの話しです」との社長の言葉に、講座で書評を書くハードルが下がった思いがしました。次の課題本は何だろう?発表が待ち遠しいです。