朝起きるのがつらい

これだけ聞くと、心療内科の出番のようでもあるしただぐーたらのようでもある。そういうので言うと皆もれなく朝はつらいのかも知れない。しかしそれでは一向に事は解決しない。

ホントのところは分からないけど、「朝がつらい」と感じた時点で"見なし"で扱う。僕はただ寝不足なだけかも知れないし、昨夜の酒が残ってるのかもしれないし、かくれ睡眠時無呼吸かもしれないし歯ぎしりが強過ぎて浅い眠りばかりなのかも知れない。でもそうじゃなくて、一旦"見なし"うつ、うつ予備軍として自分を扱うことで、重度化を防げるかもしれない。

「ただの気にしすぎだろ?」

そうやって取り巻きに言われてやり過ごして、深刻な状態に陥ることだってあるはずだ。

「朝がつらい」

これは何かのサインだ。

自分が子どものときには「ズル休み」という概念があったが、そんなのはある一面的な価値観からの言い分に過ぎない。「ズル休み」の内訳は、ただのサボり、熱がない風邪、心の不調、いじめへの対抗、冠婚葬祭、家族旅行などだ。

熱がない風邪はだいぶやいやい言われる。「しんどくないのに休んだんやろ?」翌日登校したらすぐ言ってくる。

心の不調なんて証明できない。誰も理解しない。脳みそ未熟な子どもなら尚更だ。誰が「心にも病気がある」なんて高次で高尚な形而上的な戯言を理解できるだろうか。

冠婚葬祭でも言われる。先生は事情を知ってても同級生達には伝えられないことが多い。先生はかばってくれない。「あいつしんどくないのに休んだ」忌引き明けに噂になってる。

家族旅行で平日に休む奴はかなりツワモノ。昔はツワモノだった。ちょっと金持ちの家、海外旅行に行く家、親の休暇の都合に合わせる家、そんな家々は少数派だった。今や結構ある。うちも平日に「家族の都合で休みます」を今度やろうと思ってる。「家族旅行で」とはまだ言いにくいけど。夏休みの登校日には何回も正直に言って休んでる。


そう。
今や「ズル休み」などという言い掛かりは全くの的外れで空虚な概念だ。無理をして、頑張って、歯を食いしばってまで、自己を、自尊心を、健康を、生命を損なうのは馬鹿げてる。


そういったことから、
「朝がつらい」
は、一旦ステイしよう。

誰もズルだと後ろ指差してこないし、むしろ自分を立て直すのに必要な戦略だ。





まあでも、ほぼ酒のせいだよ。

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