「お大事に」のタイミング
皮膚科を受診した。予約しても予約時間通りに順番が回ってはこないのはよくあることだ。むしろ、丁寧な対話の診察を心掛けている先生であるとも言える。
会計窓口の前のソファに掛けて待っていると、会計にやってくる患者さんたちの様子がよく分かる。カウンターがやや高めであり、小柄な高齢女性は少し背伸びをするように現金トレイをのぞき込んでいる。
小柄な高齢女性が支払いを済ませ、窓口のスタッフさんは「おだいじにー」と言った。しかし「おだいじにー」のタイミングが、私には早すぎるように思えた。
窓口のスタッフは、金額を伝え、現金をトレイで受け取り、機械処理をして、お釣りと診療明細・処方箋、次回予約表と裏面に次回の日時が書かれた診察券を、トレイで返す。そして、
「おだいじにー」
このスタッフさんは、トレイを差し出しながら「おだいじにー」を繰り出す人だった。
しかし高齢女性は、自分にはやや高めのカウンターに右手を伸ばし、お釣りを掴み財布に入れ、予約表と診察券をポーチに仕舞い、それから明細と処方箋を取って、「ありがとう」、出口に向かう。窓口スタッフさんはもう一度「おだいじにー」と言う。女性は出口の外に止めていたシルバーカーの荷物入れにポーチを収納し、処方箋は、道向かいの薬局まで握りしめたまま。シルバーカーを押し、ゆっくりと薬局へ向かう。
トレイで全ての必要物品を返されてから高齢女性が「ありがとう」と言ってカウンターを離れるまでの"滞空時間"を考えると、このスタッフさんの「おだいじにー」は早すぎたのだ。高齢女性はまだスタッフの眼前30cmで片付けを続けているのに、去り際の挨拶でおなじみの「おだいじにー」が完全に宙に浮いている。
窓口スタッフは、女性がカウンターを離れるタイミングで"追い「おだいじにー」"をキメている。一発目の「おだいじにー」が早すぎたという自覚があるのだろう。
本来は"追い「おだいじにー」”のタイミングこそ一発目の「おだいじにー」であるべきだ。というか一発目も二発目もなく、最初で最後であるべきだ。もしトレイを差し返したタイミングで「おだいじにー」を言うなら、女性がカウンターを離れる時には違う言葉に言い換えるべきだ。たとえば「さようならー」とか「お気をつけてー」とか。
一発目の「おだいじにー」を"追い「おだいじにー」"で上書きしてしまうのは、一発目の「おだいじにー」に「こっちは忙しいんだから早く片付けて出て行ってください」という当てつけのメッセージを、暗に行間に込めているとしか思えない。
おそらく窓口スタッフは、多忙な業務にストレスを抱えていたか、単に意地悪な性格であるか、あるいは語彙に貧しい人であったか、いずれかであると想像する。
きっと3つめの、語彙に貧しい人であった可能性が高い。それか単にタイミングをよく間違えてしまう人か。
次の若めの男性患者にも"追い「おだいじにー」"が放たれていた。