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恋の始まりは五七五から
◇◇ショートショート
カイはパソコンの前で頭を抱えています。
「うーん、いい季語が浮かばないなー、薫風か夏めく、夏きざすかな・・・どれが一番しっくりくるんだろう・・・」
カリフォルニアの大学で日本語を学んいるカイは日系のアメリカ人です。
大学で日本語を専攻しているカイは、小さい頃から祖父に俳句を習っていました。それが日本語の学びにつながっています。
図書館にいるカイを見つけて、友人のブライアンが駆け寄ってきました。
「カイ、やっぱりここにいたね、今日も俳句やってるの」
「夏休みに松山に行くから、やっとかないと、恥ずかしいからねー」
「やっぱり行くの・・・」
「もちろん、おじいちゃんの俳句の仲間に会ってくる」
「場所はどこだっけ・・・」
「広島は分かるよね、そのすぐ前の愛媛県の松山市、俳句がとっても盛んなところなんだよ」
「すごいねー、カイは」
「そう、僕は松山に行くんだ」
カイの祖父は俳句結社「島影(しまかげ)」に投句していました。小さい頃から結社の句集を見ていたカイは、俳句から日本語の奥深さを知ったのです。
祖父は10年前に初めて松山を訪ねました。句集の巻頭に自作の句が選ばれたことがきっかけでした。
カイに松山でのことをよく話してくれていました。
街のどこからでも見えるお城や、路面電車が走るのどかな城下町の風景、街のいろいろな所に置いてある俳句ポストのことを熱心に話して、「今度行く時はカイも一緒だ」が祖父の口癖でした。
去年の夏、カイは祖父に頼まれました。
「カイ、松山に行ってくれないかな」
「僕を松山に連れて行ってくれるの」
「おじいちゃん、10年前に島影の仲間と約束したからね」
「何を・・・・」
「10年俳句を続けていたら本を出すってね、それを目標に頑張ってやっと句集ができたから、松山の人に届けて欲しいんだ」
「お安い御用だよ、僕が届けに行くよ」
カイは足が弱って、長旅が難しい祖父の変わりに、松山に行くことになりました。
松山行が決まってからのカイはこれまで以上に俳句を猛勉強し始め、島影の句集を何度も見直し、その中に、気になる句を見つけたのです。
「人誰も逝く日を知らず曼殊沙華」
カイは祖父に曼殊沙華のことを聞きました。
曼殊沙華は稲が実っている頃に田の畔に咲く、真っ赤な花で、葉と花を一緒に見ることがないので死人花ともいわれているんだと教わりました。
カイはその句の読み手が気になって仕方がありませんでした。
その人に会って話してみたい。
カイは松山に行くもう一つの目的が見つかりました。この句を詠んだのは何歳くらいの人なのか、どんな人生を過ごしてきたのか、勝手に空想の世界で、その人物像を想像していたのです。
夏休み、カイは松山の空港にいました。出迎えてくれた俳句結社のメンバーの中にロングヘア―のチャーミングな女性がいました。
「こんな若い人も結社にいたんだ」とカイは驚きました。
流ちょうな日本語で話すカイに結社の人たちはびっくりしています。
「カイ君はアメリカ生まれだって言われなかったら日本の若者だと思われるね」
「ホント、日本語が上手」
「本当ですか、おじいちゃんと小さい頃から日本語を話していましたし、今大学では日本語を専攻していますから」
言葉の壁も無く、結社の人たちと打ち解けたカイはホテルに送ってもらいました。
「カイ君、明日の句会は、是非参加してくださいね」
「ハイ、よろしくお願いします、僕も楽しみにしています」
翌日の句会は、古民家の座敷で開かれました。
最初にカイが紹介されて、挨拶します。
「こんにちは、カルフォルニアから俳句に魅せられてやって来ました、カイです。祖父から皆さんの事は聞いています、今日は思いっきり学ばせてください」
メンバーから大きな拍手が起きました。アメリカから来た好青年が、流ちょうな日本語を話し、俳句を詠むなんて素晴らしいとメンバーは彼に夢中です。
空港で会った若い女性はお茶やお菓子の接待をしていました。
句会の終わりにカイはどうしても確かめたかったことを聞くことにしました。
「僕が島影の句集で、気になった句がありました。
”人誰も逝く日を知らず曼殊沙華”この句を詠まれた方はどなたですか」
すると、後ろの席に座っていた若い女性が「私です」と恥ずかしそうに答えました。
カイは驚きました。
「えー、あなたなんですか、とってもいい句ですねー、僕はこの句を詠んだ方にとても会いたかったんです」
「ありがとうございます、実は私の大好きなおばあちゃんが、去年亡くなって・・・・」
彼女は声を詰まらせました。
見かねて俳句仲間が「おばあさんの佐和子さんは、俳句が本当にお上手でね、いい句をたくさん詠まれていたんだけど、突然倒れられて、彼女がおばあさんを思って詠んだのがその句なんですよ、佐和子さんの代わりにその句を句集に出したんだよね・・・」
若い女性は涙をハンカチで拭いながら「そうなんです、おばあちゃんが亡くなった時の、稲穂の黄色と曼殊沙華の赤が目に焼き付いていて詠まないではいられなかったんです、おばあちゃんが詠ませてくれたんだと思います」
彼女は再び声を詰まらせました。
「そういえば、佐和子さん、カイのおじいさんに何度も言ってたね、ずっと俳句を続けてくださいって」
「そうそう、10年後にまた松山に来てくださいって、絶対会いましょうって、佐和子さん言ってたねー」
カイは、祖父が松山に来たかった理由が分かりました。俳句と俳句を愛する素敵な人に、もう一度会いたかったのです。
カイは、その日からその若い女性が忘れられない人になりました。
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【毎日がバトル:山田家の女たち】
《曼殊沙華の時期にいっつもその句を思い出すんよ》
「その句は好きな句なんよ、私が詠んだ句じゃけんね、あんたショートショートに私の句を使こてくれてありがとう、曼殊沙華の時期にいっつもその句を思い出すんよ」
「お母さん、ショートショートはどうでしたか」
「良かったよ、句が別の形で残るけんね」
「ストーリーはどうでしたか」
「まあ、ええんじゃない、もっと句の事を書いて欲しいね」
今度は句にもっと重きを置いたショートショートを書いてみようと思います。
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詩詠めば心一つや伊予の春
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母は今回のショートショートをテーマに、コラボ作品を創作しました。俳句を詠む心があれば、海の向こうであっても近くにいても、句を詠む心が人の心を繋いでくれる。そんな思いが込められています。
句を詠むことは人の心を一つにする、俳句は本当に素晴らしい文化だと思います。
最後までお読みいただいてありがとうございました。たくさんある記事の中から、私たち親子の「やまだのよもだブログ」にたどり着いてご覧いただき心よりお礼申し上げます。この記事が気に入っていただけたらスキを押していただけると励みになります。
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また明日お会いしましょう。💗