定年退職で分かった本当に必要なもの
若い頃に、先輩におしゃれなバッグのお店を教えてもらってから、接客上手のお店の人に勧められるままに、高級な品ではありませんでしたが本当に沢山のバッグを買いました。
そのバッグたちは私の仕事や休日のなど、様々なシーンで大活躍していました。
ところが、今そのバッグたちは、ほとんどは、クローゼットの中で出番なく眠っています。
自宅にいることが多くなり、買い出しに行くくらいしか外出しなくなった私には、ビジネスライクなバッグやオシャレなバッグは必要無くなったのです。
その上、年齢を重ねると、皮がたくさん使われたずっしりと重いバッグは実用的で無くなりました。
最近よく使っているのは、小振りのポシェットです。斜め掛けにして、胸元下で、お財布やスマホの出し入れをするのに便利な小さめのバッグです。
買い物の時は、両手が、自由に使えて、取り出しやすくて、とても便利なんです。
そして欠かせないのがリュックタイプのバッグです。重いものを買った時には背中に背負って運んでいます。
当たり前ですが、置かれている環境によって、自分にとって、必要なものが変化していきます。
クローゼットで眠っている私のバッグたちが、これから登場することは、ほとんどないと思います。
物はそんな風に、必要なくなる時が来るんですが、でも人は違います。
私は、仕事人生で関わってきた多くの人たちと、定年退職してからは交流がほとんど無くなりました。しかし、そのつながりが全く必要無くなったわけではありません。
出会った人たちは私の心の引き出しの中に、しっかりしまわれています。その一人一人との関係が私の人生を、今の私を作っているのですから。
だから、クローゼットで眠っているバッグたちとは違います。
人と人との関わりは、自分自身でその引き出しを開けようとさえすれば、すぐにその当時の空気の中に私を運んでくれます。
その人生の大切な引き出しを、時には開けて、私自身でその頃の空気を吸ってみることを忘れてはいけないと思います。
退職して、必要無くなった物は沢山ありますが、本当に大切な人との繋がりは、引き出しの中に入れたままにしておかないで、自ら開けてみないといけないのです。
私はそのことに気づいた今日を機会に、少しずつその引き出しを、開けていこうと思います。
【毎日がバトル:山田家の女たち】
寝室で好きな華流ドラマを観ていたばあばとの会話です。
「あんたは、会わなくなった人でも、自分が会おうと試みれば、また繋がることができると言う事を言いんよねー」
「そうよ、物は必要無くなるかもしれないけれど、人の繋がりはまた、繋げることができると言うことよ」
「そうじゃねー、人と人との関わりは、自分次第でまた繋げることができらいね」
そうなんです、自ら繋げようとするアプローチがとても大切だと改めて感じています。
【ばあばの俳句】
春愁やコロナ外出手を振りて
春は時折、もの思いにふけったり、わびしく、悩ましく感じることがありますがそれを春愁と言います。
コロナ禍での娘一人の外出は、母の心に寂しさや心細さを与えているようです。母は何となく心配で晴れない気持ちからこの句を詠みました。悩んでも仕方がない事なのですが高齢がゆえに、ふと心配になるんだと思います。
ちなみにイラストで右に人影があるのは、玄関にある鏡に映る母の姿を描いていたものです。
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