新NISA制度はノアの箱舟への乗船券なのか
「資産所得倍増プラン」並びにその中心的役割を担う2024年スタートの新NISA制度の設計発表もあり、貯蓄から投資への熱量が一定の高まりを見せています。
ネット上でも関連ブログや記事が増えていますが、その内容は「NISAとiDeCo制度比較」とか「株式投資は個別株かインデックス型か」等の従来からのテクニカルな論点が中心です。
しかし今後の金融資産管理と運用の出発点は、よりマクロ的観点から「保有金融資産の通貨選択割合から考える」時代に入ったと考えます。
端的に言えば、日本居住の日本人でも円建て金融資産をどの程度まで米ドル等の外貨資産ベースにシフトするのが適正かという視点です。
投資信託やETF等も含めた株式系と債券系への投資比率割合などの構築は、あくまで金融資産保有のベースとなる通貨比率を決めた後での作業という整理です。
財政規律派的考えを持つ私は、GDP比2倍以上から更に膨張を続ける国債残高問題に加えて、財政ファイナンスの結果として日銀が本格的な短期金利調整能力を喪失した実態、日本の経常収支の構造的体質変化などを総合的に判断して日本円の中長的な将来価値に対し悲観的です。
また日本の財政健全化は、円安インフレによる円建て家計金融資産の実質価値減少と国の借金の実質目減りとの相殺を通して、すなわち現実的には資産課税ともいえる方法によってのみ達成可能であると感じています。
世界最大の機関投資家の1つとも呼ばれるGPIF(年金積立金管理運用独立法人)の役割は厚生年金と国民年金の積立金管理・運用を行うことですが、その運用ポートフォリオの基本形はバランス良く約1/4づつ、国内債券、国内株式、外国債券、外国株式であることは有名です。
このことは攻めと守りの両方が求められるGPIFですら既に当たり前のように日本円をベースにした金融資産管理と運用を半分程度に落としていることを意味しています。
つまり、日本の家計金融資産が引き続き円建て預貯金中心である方が既に例外的な状況ですが、その背景として考えられるのが2,000兆円超の日本の家計金融資産の6〜7割程度が高齢者層に保有されていることです。
一般論として、積極的な資産運用の必然性を感じない高齢者層がその金融資産を投資に向けずに日本円にて保守的に管理する事は自然ですし、またその実態をして「日本国債の実質的担い手は日本人の円建て預貯金なので安心」という神話も作り上げてきました。
生涯投資枠1,800万円の運用益が恒久的に非課税となる新NISA制度は2024年から始まりますが、特に75歳以降の後期高齢者層の利用は「今更感」もあり伸びすに円建て預貯金として保有され続けるでしょう。
一方、投資をする余裕がある一定の現役世代は将来不安の解消手段としても新NISA制度を積極的に活用することが予想されます。
そしてその投資先が、成長性や利回りの優位性から外貨をベースとした海外の成長株式または債券等に向かうことは自然なことですし、政府の狙いも実は最初からそこにある気がします。
それは一言でいうと「国家債務の実質的大幅削減の手段として今よりも本格的に発生する円安インフレという土石流に巻き込まれる前に、現役世代は新NISA制度も1つのきっかけに日本円資産を米ドルなどの外貨建ての投資性資産に早く避難させなさい」というものです。
日本の財政赤字の構造的主要因は社会保障費の急増であり、その受益者中心階層は他方で多額の円建て預貯金を蓄えている高齢者世代です。
前の世代が積み上げた借金のツケを次世代以降の納税者に無責任に回すことは「財政的幼児虐待 ( Financial Child Abuse ) 」とも呼ばれています。
年金、医療、介護などの社会保障支出激増の主要因である高齢者世代が、円安インフレという実質的な資産課税方法を通じて、自らの眠れる巨額な円建て預貯金にて支払いを済ませて次世代へのツケを減らすことは、「同世代間受益者負担」または格差是正の手段としての「間接的相続増税」としても道理にかなっている気がします。
この着想が陰謀論的なことを否定しません。
しかし「資産所得倍増プラン」に基づく「貯蓄から投資へ」メッセージの加速とその受け皿としての新NISA制度の整備、そして具体的な総口座数と買付金額倍増目標の発表が、私には国家による現役層に向けての「ノアの方舟への乗船啓蒙運動」に聞こえてしまうのです。
追記:
「ノアの箱舟」は旧約聖書の創世記に書かれた物語です。
神は堕落した人間に怒って洪水を起こしすべてを沈めてしまいましたが、お告げ通りに舟を建造し乗船したノアとその家族と動物たちは助かることができました。
新NISA制度もきっかけとして金融資産の基軸を日本円から外貨建てにシフトできた場合、嵐が去った後の次世代日本人はこの国に希望の虹を見ることができるのでしょうか。