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【掌編小説】今際のきわに
病室の患者さんが、今まさに旅立とうとされていた。
看護師として、もう何度もこのような場面には立ち会ってきた。この方もその中の一人で、末期がんの緩和ケアを行ってきた人だった。余命3ヶ月と宣告されていたが、冬を二度越して、ずいぶん頑張られた方だ。
主治医が心音を確認し、家族の方を向いて頷く。駆けつけた娘さんが一番に駆け寄り、膝を折って話しかける。
「おとうさん私よ、わかる?」
息子さんがその後ろから声をかける。
「オヤジ、みんな来たよ。わかる?」
奥様は二人の子供が話し終わってからと思っているのか、ドアの近くに佇み、見守っていた。
娘さんが「母さんもいるよ」と言って手招きすると、奥様はゆっくりと近づいた。
点滴の速度などの管理をしていた私は、ほんの少し、酸素吸入や心拍を測る機械側に寄った。 私のすぐとなりに奥様は佇んで、しばらく見下ろしていた。 そしてゆっくりとしたスピードで、静かに、彼にだけ聞こえる声で呟いた。
「さっさと逝って下さいな」
珍しくはない。 二人の中にだけ存在しているものが溢れ出る、その瞬間にたまたま立会っただけの事だ。