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AudioStockの業界団体加盟は、クリエイターエコノミーの新旧融合。日本的モデルかも

 映像用のBGM提供を中心に大きな成長を見せている、日本のMusicTechのスタートアップ「オーディオストック」が、日本音楽出版社協会(MPA)に入会して、準会員になったというニュースです。同時に、音楽制作者連盟の権利委任者にもなっています。
 これは、著作隣接権の分配を受けるのが目的なのですが、と言われても、なかなか一般には、知られていないと思うので、解説したいと思います。著作権ビジネスの実践活用の生きた教材と思ってください。

着々と成長中のオーディオストックのビジネスモデル

 TVCM/WebCMも積極的に行なっているのでオーディオストックの知名度は上がってきているように感じます。人気タレントの今田美桜さんを起用して頑張っていましたね。
 音楽家が映像BGM用に自分の作品を登録して、映像製作会社や映像クリエイターが利用するというのがオーディオストックの最も基本的なビジネスモデルです。企業のホームページやYouTube、SNSなどで、映像の重要度が増し、著作権がクリアーになっている様々な音楽を選んで使える、探しやすい、音源のクオリティーが高いという評価で、利用がどんどん広がっていったようです。

JASRAC、NexToneの会員で「放送権」を委託

 僕は社長の西尾くんとは10年位のお付き合いで、Co-Writing Studioという作曲家向けのコミュニケーションツールを一緒に作ったりしました。アドバイザー的な立場で著作権ビジネスの設計をお手伝いしてきました。勉強家の彼は、業界事情も含めた細かい著作権事情をしっかり把握するようになっています。しかるべき業界関係者を紹介してきましたが、誠実な人柄で誰からも評判は良い人です。
 著作権には「支分権」という言葉があります。楽曲が利用される用途によって、録音権とか、放送権とか、区別されて、JASRACの手数料率も異なります。著作権等管理事業法が2000年に成立し、JASRACの独占状態が崩れて、支分権ごとに分けて、著作権を預けることができようになりました。
 オーディオストックはネット等での利用は、クライアントの企業/個人に自由に使えるように音楽家との契約でクリアーしています。その動画がTVで使われた場合は、放送局が著作権使用料をJASRAC/NexToneに支払います。クライアントにとっては追加の支払は発生しません。オーディオストックは放送使用料を受け取り作曲家への分配を始めています。

まさにMusicTech!フィンガープリント技術の普及促進と連携

 オーディオストックの楽曲がTV番組でのBGMでもかなり使われるようになってきています。楽曲の探しやすさとクオリティがあれば、放送局のアシスタントディレクターや音響効果のスタッフに重宝に使われますよね。ただ、有名なアーティストの作品では無いので、使用報告のキューシートでの報告には漏れがちです。
 今は、オーディオフィンガープリント技術を用いれば、どの楽曲がテレビで使われたか、クローリングして自動で判定することができます。世界で放送局の楽曲見極めで使われているのが、欧州のスタートアップイギリスのSoundMouseとスペイン・バルセロナのBMATです。オーディオストックは、この二社のデータベースに自らの楽曲を登録すると同時に、放送局への導入も推進したのです。自社の作品を放送局に営業する時に、オーディオフィンガー技術の導入も促すことで、自社楽曲が確実に著作権分配されるようにした訳です。かなりの金額が分配されるようになってきています。
 技術的な精度の高さを誇る世界標準の技術ですから、日本楽曲の登録が進んでいくことで、ほとんど漏れなく(100%近い精度で)放送使用楽曲の著作権および隣接権の分配が行われるようになるでしょう。

著作隣接権とは?実演家?レコード製作者?

 さて、本稿は著作隣接権の話です。著作隣接権というのは理解しづらい概念かもしれません。僕は「著作権みたいなものだけれど、著作権より少し弱い権利」と認識しています。(法学部の人は試験にそんな風に書かないでくださいね。正解か保証できません・笑)
 著作隣接権の対象は、実演家とレコード製作者です。(他に、放送事業者にも著作隣接権が存在しますが、ここでは割愛します。)「実演」は法律用語ですが、楽器の演奏、歌唱、舞踊など、アーティストやミュージシャンのパフォーマンスなど全般を表します。その実演をする人を実演家というのですが、一つの音源であれば、歌唱、演奏した人全てに、著作隣接権は発生します。
 レコード製作者は、大まかにいうと、レコーディングの費用を負担した原盤権の保有者のことを指します。
 日本では放送番組で使われた際に、「商業用レコードの二次使用」として著作隣接権が分配される仕組みがあります。民放連とNHKが取りまとめて、音楽業界団体に対して支払われます。
 今回、オーディオストックが加盟した日本音楽出版社協会(MPA)は、著作権を管理する音楽出版社による団体ですが、原盤権を所有するケースが多いということで、レコード協会と連携して「レコード製作者の著作隣接権」の徴収分配を行なっています。準会員になって、オーディオストックの楽曲がテレビで流れた際に、著作権だけではなく、「レコード製作者の著作隣接権」も受け取れるようになった訳です。
 前述のように、日本音楽制作者連盟(FMPJ)への権利委任者にもなっています。こちらは「実演家の著作隣接権」を受け取ります。オーディオストックの作曲家は、自宅録音が多いでしょうから原盤権を自分で持っていることになります。楽器の演奏やDAWでの作業は実演家となり、著作隣接権を受けと取る資格があります。
 このデジタル時代の制作環境の変化は、一人の音楽家が作曲家、原盤権利者、実演家を自然に兼任している状況を生んでいます。現状では、音楽家に対して「とりっぱぐれ」が無いように、収益を最大化するためには、オーディオストックのこのやり方がベストです。
 僕は日本音楽制作者連盟の理事を8年務めたので、隣接権の状況も一通り知っています。その肌感覚の金額規模は、放送使用料は著作権を100とすると、二つの隣接権は25、25という感じです。(実演家側としては、それは低すぎると主張していました。昨年の正確なデータが見つけられなかったのですが、大雑把にいうと、年間で著作権で200数十億円、隣接権はそれぞれ50〜60億円位の規模感です。)オーディストックの会員音楽家にとっては、嬉しい分配が増えるのではないでしょうか?

クリエイターエコノミーの新旧融合

 音楽家が権利を自ら持つケースが当たり前になると、著作権、原盤権(レコード製作者の著作隣接権)、実演家の著作隣接権をそれぞれ別のルートで徴収分配しているという現状は、非効率だ、いうことになっていくのでしょうが、仕組みの作り直しには時間がかかります。
 技術的なことで言えば、レコーディンが終了した時点で、権利者に関する全ての情報がブロックチェーンで登録されて、可視化された情報に基づいて、すべて分配するという仕組みはもう可能な時代です。僕たちは、4年前に経済産業省の実証実験事業としてGINCOと一緒に行い、やれる方法は確認済みです。ただ音楽には長い歴史と多様な関係者がいて、アナログベースの仕組みが精緻に出来上がっていますから新しい仕組みに切り替えるのはエネルギーも時間も必要です。
 分配の仕組みを待っていては、今活動している音楽家は困ってしまいますから、オーディオストックのような会社が、従来型の仕組みに乗っかって、新しいタイプの活動をする音楽家に対して、放送での著作権、原盤権や実演かの著作隣接権の分配を開始するのは意義があるなと思いました。

 クリエイターエコノミーの捉え方はいろいろあるのでしょうが、アマチュアクリエイターとトップクラスのプロクリエイターがグラデーションで繋がるコンテンツ生態系ができていくというのが僕のイメージです。
 アマチュア音楽家からの登録が多かったオーディオストックですが、サービスの成長とともに、セミプロ的な音楽家が増え、今やプロで活躍する音楽家も企業向けBGMやYouTuber向けなどで無視できない存在になり、まさにクリエイターエコノミー的な成長だなと興味深く見てました。普通に地上波TV局で使われている音源が相当数あるときいて、正直驚いているところです。

 IPOも視野に入っているオーディオストックですが、洗練された従来型の著作権/著作隣接権の仕組みを取りんで、安定的な収益構造が確保できたことは評価されて然るべきだと思います。ディスプラプト型ではなく、新旧融合型で、日本初のMusicTechスタートアップが発展することを期待しています。みなさん、注目してください!
 放送局への導入、JASRAC/MPA/FMPJへの加入などは、音楽出版社協会会長の稲葉豊さん(ユーズミュージック社長)のサポートも大きく効いていて、ありがたいです。僕が紹介した後は、稲葉西尾でハモって動いてくれたようです。こういう「新旧融合」って良いですね。既存の業界の仕組みにも良い部分はたくさんあります。「パーツ」として適切に活用すれば、音楽界の活性化に繋がります。

 このエントリーを書きかけたままにしてたら、MPNと音制連の実演家の著作隣接権分配データの対立の話が出てきました。長年のご苦労に感謝するのは大前提ですが、僕の感覚を正直に言うと、録音時にミュージシャンをキャスティングした会社(業界用語でインペグ屋)と参加ミュージシャンが自己申告するP-LOGを分配データとして固執して、しかもブラックボックス化するって、今の時代に3周くらい遅れていてお話にならないというのが本音です。これからのミュージシャンはデジタルリテラシー無いとやっていけないですから、若い世代が執行部を突き上げて欲しいです。

 テクノロジーに長けたスタートアップが音楽業界に入ってきてくれると、音楽に関する徴収分配の精度アップも向上するんだな、欧米はそういうMusicTechのスタートアップたくさんあるよな、って改めて思いました。
 StudioENTREとしても、Audiostockに続く、音楽スタートアップを輩出できるように頑張ります!

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モチベーションあがります(^_-)