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おばけ屋敷ゲームと夏休み。

私達姉弟は小学生時代夏休みになると、母方の祖母の家にどっぷり預けられていた。

家は広いし、多少暴れたって怒られない。祖母は優しいし、中庭には木がありセミ取り放題。ちょっとしたバカンス気分だ。

祖母の家は大昔ながらの母屋で、玄関扉なんか上部は障子が貼ってある。こんなの時代劇でしか見たことない。鍵もない。取っ手も無く、穴が空いているだけ。夜になると雨戸があるのでそれを閉める。それだけ。そんな古い家。

ついでに言うと母屋のあるブロックはすべて親戚という隙の無いストレートフラッシュ状態のような地域だった。
その中にいとこ宅が何軒かあり、1番よく遊んだのは年の近い弓子ちゃんと真奈ちゃんの姉妹。

あれは小学校中学年ごろだっただろうか。
アブラゼミが母屋の中庭の樫の木で大合唱。
当時でも骨董レベルの扇風機が回り、ワタシと弟は体温を少しでも低くする為に縁側の板間にべったりと表面積を広げて横たわっていた。

「テッちゃーん!カズくーん!(弟)これやろう!」と、土間から声がする。
二人で匍匐前進すると、従姉妹の弓子ちゃんと真奈ちゃんが居て、その手にはボードゲーム。

人生ゲームかモノポリーか。

そんな風に思っていると、従姉妹達が見せたものはその箱のイラストはおどろおどろしい骸骨が描かれ、沢山のお化けから逃げる子供達のイラストが印象的な「おばけ屋敷ゲーム」だった。

おばけ屋敷ゲームをご存知だろうか。
バンダイから発売されたボードゲームでサイコロやルーレットではなく、手持ちの札で歩を進め、おばけ屋敷内の各部屋にいるお化けに「知恵」「力」「勇気」のカードで戦いを挑み突破し、お化け屋敷を駆け抜け脱出するのだ。

お化けに負けたら"あかずの間"や、"たたりの間"に入れられる。特にたたりの間に入れられると4回休み。祟りが飛び抜けて酷すぎる。
"4"と"死"を掛けているのカシラ。

でも昔のこういう日本の双六ゲームって無茶振り設定が多かった気がする。

そもそも、何故プレイヤーはこんなおばけシェアハウスを駆け抜ける羽目になったのだろうか。迷い込んだとか閉じ込められた設定だったのだろうか。

そして、スタート地点は何故かお化け屋敷内の中央地下にある水の溜まった井戸からだった。
進むしかない絶望的なスタート。まずどうやってここに来たのか。スタート地点から謎の不気味さがある。

昭和50年代後半、まだまだ学校の七不思議やオカルティックな都市伝説がリアルに伝えられ子供達がそれを本気で信じていた時代。
お化け屋敷ゲームのそんな設定や各種カードの妙にリアルでおどろおどろしいイラストは小学生の想像力を刺激しビビらせるには充分だった。

記憶の確認の為、少しこのゲームについて調べたのだが、今だ以ってしてもイラストが怖い。フォントも淡々とした感じのブロック体であるのがまた恐怖を煽る。

細かいルールは省くが、このゲームの凄いところは、"カードを駆使してお化けと対決しまくって終わり"でなく、"最後の最後まで恐怖という名の緊張感"を味わわせる所にある。

むしろ物語のクライマックスの様に最後が一番怖い。最後には死神の橋という長い橋があり、その先にゴールがある。
しかし、その橋には銀色の死神のコマが居り、こちらが歩を進めた同じ分、死神が向こうから迫ってくる。

死神に接触すると橋の入り口に戻されてしまう為、あと何歩で死神と接触してしまうか計算をしたり、手持ちのカードを使ったり、途中にある迂回路に逃げ死神をやり過ごすのだ。
多分、多くの人が一番緊張するであろうゾーンだ。

そしてなにより、私達の中で知らぬ間にできたルールがあり、死神に接触した場合、死神に血を吸われるというシチュエーションを誰かがやるというものがあった。セルフ恐怖を演出する小学生達。精神的ダメージ増大。

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なんてスリリング&ドラマチックな展開なのだろう。

ところで、今書いてて思ったけど、死神って血なんて吸わないことに気付いた。鎌の存在意義はどうした。

そんなおばけ屋敷ゲームを従姉妹と私と弟4人でクラシカルな扇風機が回る母屋の二階で、くる日もくる日も飽きずにやっていた。

ところで従姉妹の弓子ちゃん(姉)と真奈ちゃん(妹)なのだが、真奈ちゃんと私は同じ歳。
弓子ちゃんは1つ上のお姉ちゃんだった。

しかし、この弓子ちゃんは、ちょっと威張りんぼな所があり意地悪をちょいちょい挟んできた。

それは私達姉弟に対しても同じで、お化けと対決する時に使う古今東西のお化けが描かれた「お化けカード」という物があるのだが、その中の一枚「大入道」のカードが出る度に弓子ちゃんは、

「うわ!カズくんが出たー!」と、一々意地悪を言い煽っていた。

一応言っておくが、うちの弟と大入道は一ミリも似ていない。多分、髪が丸坊主だったから安直に坊主頭の大入道に当てはめたのだと思う。

因みに妹の真奈ちゃんは"砂かけババア"。
真奈ちゃんも弓子ちゃんに"砂かけババア"いじりをされ、よく泣いて怒っていた。(私は手加減されてか"化け傘"だった。)

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弟はこの頃、小学2年か3年だったと思う。
大入道と言われる度に「弓ちゃん、やめてよー。」なんて言いながら本人はアハハと笑っていたのだが、事件は起こる。

ある日のお化け屋敷ゲーム。弟は最下位。カードの当たりも悪く、お化け達に全然勝てない。

そんな中、出てきた「大入道」のカード。
例によって弓子ちゃんは「カズくんが出たー!」と、いつもの決まり文句を言ったのだ。

その言葉に弟は無言で立ち上がったかと思うと、部屋の隅に置いてあった座布団を両手で掴み、

「うおおおおおおーーー!!!」

と、叫びながらラジオ体操第二の両手を上に挙げてグルングルン回すような運動をし始めた。

無理もない。
小学校低学年だかそこらの子が煽り耐性なんてあるわきゃない。弟の「やめてよー。ハハハ。」はそこに居る誰よりも理性的な弟の精一杯の抵抗だったのだ。

そのご乱心っぷりにどうしようかと戸惑う私達をよそに弟はその運動を止めない。只々、私達はその姿を呆然と見ていた。

しかし、身体が小さな小学校2.3年生のグルングルン。
座布団の遠心力も加わり、振り回され足元がふらつきそのまま後ろに倒れ、その先にあった飾り棚付きのタンスにドーーンと突っ込んだ。

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その衝撃で飾り棚に飾ってあった、いつの時代からあるのか分からないガラス細工の動物や陶器で出来た人形などの民芸品がガチャガチャと音を立てて倒れ、ガラスの引き戸に当たる。

「あーーー!!!」

私達3人と、起きあがった弟とで慌てて飾り棚を覗いた。
割れ物も多い中、破片が飛び散った様子は無かったので私達はホッとした。

どうしようもなく"やってしまった"と言う空気の中、弓子ちゃんはひとこと「カズくん、ゴメン。」と謝った。

その言葉が合図かの様に4人で飾り棚のガラス戸を外し、倒れ落ちた数々の民芸品を元に戻そうとした。

ガラスで出来た繊細な白鳥や、可愛らしく彩られたコケシなんかを丁寧に戻す。

そんな中、素焼きでできた笠を被り小さな鉢を持つ托鉢姿の小坊主さんの人形を弟が拾い上げた。

拾いあげた瞬間。
小坊主さんの人形は穏やかな笑みを讃えながら、首がポロリとおちた。

絨毯の上にゴロリと転がる首。


私達は大絶叫した。

おばけ屋敷ゲームをやっていた中で、気分がホラー気分であった事も手伝い、私達の怖さゲージはMAX。しかも仏様に仕える小坊主さんの人形。

弓子ちゃんが怖さのあまり「ギャー!バチが当たるぅぅうぅーー!」と叫んだ。

私も"バチが当たる!"と信じて疑わず思った。
きっと真奈ちゃんも弟も同じだったと思う。

弟は慌てて首を拾い、首を合わそうとするのだが、手が震えている上に首の部分が着物のラインに沿って綺麗に斜めに割れており、頭を首に何度乗せても滑り落ちた。

これまたテンパった弓子ちゃんが、やめときゃ良いのに弟が首を落とす度に「うわー!バチ1回!バチ2回!」とカウントする。

弓子ちゃんやめたれ。うちの弟、どれだけバチ当たるのよ。

そんな声についに弟は泣き出した。

そら、しゃーないわ。
きっと私だって泣く。

兎に角、たくさんある民芸品を棚に戻す。幸いにもこの小坊主人形以外は無傷だった。
しかし被害がひとつだけ、しかも小坊主人形の首が落ちるというのも中々のホラー具合ではあるが。

首の取れた小坊主人形とその残った胴体を並べ4人で悩んだ。
母屋には陶器用接着剤なんて粋なものもなく、私達の筆箱にあるのも使えそうなのは液体糊ぐらい。
勿論、陶器の接着には役には立たないだろう。

真奈ちゃんが「ご飯粒は?」と言った。
三人寄れば文殊の知恵。

「それイイジャン!」

昔はちょっとした糊代わりにご飯粒を使うなんて割とあったことだ。

私達は台所に忍びこみ、炊飯器を開けた。

空だった。

昼、弟がタラコをおかずに白飯を呪われたように食ってたなぁ…なんて思いながら肩を落とした。
すると、その"妖怪 白飯タラコ喰らい"の弟が「仏壇のお供えのご飯は?」と言い出した。

仏壇の前に立つ4人。

お供えのご飯は早起きのおばあちゃんが朝イチで炊き上げた白飯。
現在の時刻はとうに昼も過ぎたような時刻。
既にカピカピだった。

中を掘って柔らかそうな部分を入手するという案も出たのだが「それは本気でバチが当たりそう。」という満場一致の意見で断念した。
バチ、怖いもん。

完全に手詰まりである。

そうこうしてる内に夕方になり、弓子ちゃんと真奈ちゃんは帰ってしまった。逃げた。

しかし残された私と弟は逃げることもできず、胴体と頭部、2分割された小坊主を2人で眺めた。
人形が夏の赤い夕日に照らされ不気味さが増す。

落ちつきを取り戻した弟が再び人形の首を手にとり、しばらく断面を観察したあと、小坊主さん(頭)を小坊主さん(胴)に乗せるのではなく、笠の部分と首(胴体側)に接地面積何ミリかという様な絶妙なバランスでそっと引っ掛けた。

「もうこれでいい。」

ひとことそう言って一階に行ってしまった。

根本的解決になってもいないし、何より首と胴体の位置が著しく人間のそれと違っている。
パッと見、肩をいからせている姿勢の悪い小坊主さんに見えなくも無いが、よくよくみると托鉢姿の小坊主さんが、己の首を持ち立っている様にも見える。
穏やかな笑みを湛えて。

その表情はこの夏最高のホラーだった。

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その後、うまくバレていなかったようでそのホラーな小坊主さんは、私が大人になり祖母が亡くなり家の物が処分されるまで残っていた。

それまでにも、その小坊主さんの居る部屋でプロレスごっこをしたり、新聞紙野球なんかをして暴れた際、振動で何度か小坊主さんの首が落ちた記憶があるが、もう途中からはさほど動じず当たり前の様に首を引っ掛けていた。

慣れって怖い。


今現在、私は割と駅の近くに住んでいて、その近くには電車の往来が激しい為、昔から「開かずの踏切」と呼ばれる踏切がある。
その横には歩行者と自転車用のさほど広くないアンダーパスがあるのだが、私はあまり利用していない。
いつもわざわざ遠回りをして駅の向こう側に行っている。

「開かずの踏切」にある地下を潜って行く「アンダーパス」。

その先には、お化け屋敷のあのスタート地点の井戸とかに繋がっていそうで何となく怖いからだ。
うっかりおばけ屋敷に迷い込んだらどうする。

割と本気でそう思っている。



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