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鬼太郎からカフカまで異形わんさか。深淵の幻想に浸るルドン展【@岐阜県美術館】

岐阜県美術館。
僕にとって、実は地元である。
なのに、ルドンのコレクションでは国内随一を誇ると知りながら、
これまでしっかりと見たことがなかった。
ということで、
今年(2024年)の秋から開催されているルドン展に足を運んだ。
開催期間は残りわずか。
混みあう都会の美術館と違い、ゆったり鑑賞できるのが何より嬉しい。

ルドン展と山本芳翠展のダブル回顧展なのです

会場狭しと展示された作品群。
圧倒されつつもアタマに強く焼き付いたのは、
黒い石版画に散らばった
異形のモノたちの「眼」であり「視覚」だった。

しっかりと見開いてはいるものの、
その多くはどこを見ているのか分からず、かなり不穏だ。
死、葬送、あるいは狂気へと広がるイメージはいつしか、
慣れ親しんだ妖怪や憑物への連想につながっていく。

たとえば、石版画集『エドガー・ポーに』の一作に、
眼球が気球となって浮上していく有名な作品がある。

『エドガー・ポーに』
1、眼は奇妙な気球のように無限に向かう
(オディロン・ルドン)

この気球、何かに似ているぞ。
しばし考えて思い出したのは、
ゲゲゲの鬼太郎に登場する目玉の化物、バックベアードだった。
鬼界ヶ島を舞台とする「妖怪大戦争」で、
ドラキュラや魔女を従えた西洋妖怪の首領として描かれる。

いやいや、それを言うならそもそも、
鬼太郎のお父さんである目玉おやじこそ、
もっと近しいではないか!

実際、水木しげるはルドンが大好きだったようで、
特に「目」に魅せられていたという。
ルドンの描いた一つ目巨人の「目」なども、
鬼太郎と対決した見上げ入道にそっくりだ。

『起源』
Ⅲ、不格好なポリープは薄笑いを浮かべた醜い一つ目巨人のように岸辺を漂っていた
(オディロン・ルドン)

ルドンがフランスのボルドーに生まれたのは1840年。
30歳の時に普仏戦争に従軍したが、
この戦争でフランスはプロイセンに屈辱的な敗戦を喫し、
政治的には混乱が続くことになる。

この時期にルドンが描いた幻想色の強い陰鬱な作品も、
当時の社会動向が反映された部分があるのだろう。
その不安感が「目」や「視覚」に象徴的に表現され、
現代に生きる僕たちの共感を呼び覚ます。

ルドンを世に知らしめる上で多大な役割を果した作家のユイスマンスは、
その作品『さかしま』で次のように表現している。

とりわけデ・ゼッサントが永いこと足をとめてつくづくと眺め入ったのは、同じ部屋に飾ってあった別の額であった。それらの絵にはオディロン・ルドンと署名がしてあった。金の玉縁をとった粗製の梨材の枠のなかに、それらの絵は、想像もおよばない幻影を閉じ込めていた。すなわち、水盤の上に置かれたメロヴィンガ王朝風の首。僧侶のようでもあり公開討論会の演説者のようでもある。巨大な砲丸に指をふれた髯むしゃ男。軀のまんなかに人間の顔がある怖ろしい蜘蛛。(中略)実際、巨大な眼や狂気の眼をぽっかりと開いたこれらの顔や、ガラス壜越しに見たように、桁はずれに大きくされたりいびつにされたりしたこれらの身体を見ていると、デ・ゼッサントの記憶には、腸チブスの思い出、いまだに残っている焼けつく夜々の思い出がふたたび甦り、少年時代のおそろしい幻影がちらつきはじめるのであった。

J・K・ユイスマンス著『さかしま』澁澤龍彦訳 河出文庫

会場内の作品から思い浮かぶのは、鬼太郎の妖怪ばかりでない。
古くから日本に伝わる怨念に満ちた幽霊や、
ジブリの作品に登場する奇妙なキャラクターも、
記憶の抽斗から引っぱり出されてくる。

そして最後はやはり、
有名な「笑う蜘蛛」にも触れておくべきだろう。
一見すると可愛いものの、グロテスクで、
その眼の奥には邪悪さも漂う。

『蜘蛛』(オディロン・ルドン)

イメージの展開は人それぞれだろうが、
僕は、カフカの短編に登場する「オドラデク」を連想した。

そいつ〔オドラテク〕は、屋根裏部屋、階段の踊り場、通路、廊下と次々居場所を変えていく。何ヶ月も姿をあらわさないこともある。別の家に移り住んでしまったというわけだ。それでもまたいやおうなしに戻ってくる。そいつがドアから出て来て、階段の手すりによりかかっているところなんか見かけると、つい話しかけてみたくなる。もちろん、難しい質問をするわけじゃない。身体が小さいせいか、つい子ども扱いしてしまう。「君、名前は?」と訊くと、「オドラデク」という答えが返ってくる。「どこに住んでいるの?」「住所不定」と言って、そいつは笑う。でも、その笑いは、肺を使わない笑いだ。枯葉が落ちる音みたいに聞こえる。これでだいたい会話は終わってしまう。

フランツ・カフカ著『お父さんは心配なんだよ』多和田葉子訳  
 『ポケットマスターピース01 カフカ』集英社文庫

オドラデクが生き物なのかどうかもはっきりしないし、
「ひらたい星形の糸巻きみたいな形」というのだから、
蜘蛛とは、形態からして全然違うにきまっている。
ただ、僕の中ではこの上なく固く結びついてしまったのだから、
これはもう仕方がない。

そうそう、カフカを言うなら、『変身』の巨大な虫。
その不気味な姿態を連想させる異形のモノも、
会場の作品のそこここに…。

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奈能利想
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