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居酒屋での朧げで忘れられないアルコールと”二度目”。

大切なものはいつも失ってから気付く。
という言葉はもう、

スクランブル交差点に透過する広告塔くらい、
擦り切れるほど聞いてきた。

それでも、僕たちはいざその瞬間になると、
「あー。あれは永遠ではなかったんだな。」と、

ぼやけていたピントが、急に合うかのように、
その「永遠ではなかった一瞬」に直面する。

たしかあれは、大学1年の冬頃だったと思う。

当時所属していたサークルで仲良くしてくれてた、
2個上の男の先輩にサークル帰り、チェーンの居酒屋に連行された。

「ふぁー動いた動いた。今月もバイト入りまくちゃって、
結構稼いだからいっぱい飲んで食べろ食べろーー。」

本当にこの人は、常にアルコールが入ってると言われても、
全く疑わないくらい、常にご機嫌だった。

もしかしたら本当にそうだったのかもしれない。
いつも幸せそうで羨ましいなぁ。と思ってた。

世界は雨を削除してしまったんだろうか。

「いやー。今日のあのプレーは最高だったね。」
「こうやって飲みながら振り返るのが至福なんよ。次の大会は、、、」
「あそこのホルモンがほんまに美味しいんよ。」

ジョッキの上の方まであったアルコールは、
話の序盤の序盤であっという間に体内に流されていった。

アルコールが入っているのもあって、
所々、テンションについていけないこともあったが、
本当に幸せそうだなぁ。と思うばかりだった。

今を生きることの幸せと、
未来に希望を持つことの豊かさを教えてくれた。

その先輩と一緒にいると、
「人生のあらゆる総和は0に帰納する。」
という理論は正しくないんじゃないかとしばしば思わされるが、

まあ、それは置いておいて、
一緒にいるだけで過去への後悔とか未練とか、
未来への不安とか、そういう言語化できない負の残り香が消えた。

空のジョッキが5つくらい並んだところで、
わずかにふらついた体をレジまで運び、お会計を済ませてくれた。

僕たちは店を出て、夜の帰路へと歩き出した。

その先輩はいつもどこかしらに出かけるか、バイトするかで、
何かと忙しい日々を送っていたこともあり、

サシで飲む機会はあまりなかったため、
ふと気になり聞いてみた。

「ねえ、いきなりなんで誘ってくれたんですか。奢ってまでくれて。」

「Yくんと飲みたいって思ったからだ!それ以上に理由はないし、必要ない。Yくんもそう思うでしょ?っていうか、駅どっち。。やばい吐きs。」

あまりにも非打算的で、非合理的で、効率が悪くて、
コスパのコの文字もなくて、それでもなお、

他の大勢の人たちが持っていない、
人として大切なこととか、人の美しさとか、

そういう、本来誰もが最初持って生まれる、
でも歳を重ねるごとに失われていってしまう、
重要な何かを教えてくれた1人だ。

「先輩、また行きましょうよ。
つぎはその先輩が言ってたホルモン、僕の奢りで。」

「Yくんが奢ってくれるの。それは行くしかないなぁ。」

つぎの暫定的な約束を交わし、
僕たちはふらつく体と視界を理性でなんとか補正して、
それぞれ別の電車へと乗り込んでいった。

車窓の奥には、昼間とは対照的な静かな街が、
月の光に照らされて微かに浮かんでいた。

それが電車の進行とともに、刹那的に通り過ぎて、
もう元の場所には戻らない不可逆性の映像を映している。

残像なのか今目の前にある光景なのか、
はっきりわからない。

そしてあの時、別れ際に約束をしたものの、
それ以降、先輩とはもうホルモンに行くことはなかった。

サシでご飯に行くことすらなかった。

あの、最後に連れて行ってもらった居酒屋の日から、
数日後に会えない存在になってしまったから。

詳しいことはいまだに知らない。
知ることすら怖いから、もう会えないことを

知った瞬間に、事実にも感情にも
蓋をして時を止めてしまった。

いまだに現実味を帯びていない。
一体どこで何をしているんだろうか。

約束とは、未来を確定させることではなくて、
お互いにこうなれたらいいよね。という、
「未来への祈り」であることを知った。

あのとき、聞きたかったことがあったけれど、
それは次の機会でいいと思って保留してしまったものがあった。

次また一緒にアルコールを飲んで会話できる可能性なんて、
どこにも保証されていなかったのに。

振り返ってみれば、
そんなことが山ほどあったように思う。

全ての瞬間が一期一会であること。
もうその瞬間と再開できる時は永遠に来ないこと。
次がある可能性なんてどこにも保証されていないこと。

「Yくん。時間としての永遠を求めてはいけないよ。僕たちは喪失の中に生きていて、今を生きることしかできない。そして、また次があると思ったものは大抵その時しかない。この世界にある大抵の物事は二度目なんて用意されてなくて。なんでだろうね。」

夜、新宿のとあるBarへ立ち寄った帰り、
小説家を兼ねるアラサー経営者が
タクシーのなかで白息のように吐露した言葉が、

今も、その悲しげな横顔と、
車窓から覗く一軒一軒の街並みと、
通り過ぎる歩行者の映像とともに鮮烈に想起する。

もしあの日、帰り際に、
「つぎ」ではなく「二件目は〜」という、

提案をしていたら未来はどうなっていたんだろうか。
と時々ふと考えてしまうことがある。

もし、あのとき、

「ねえ本当は悲しいことがあったんでしょう。
泣きたい時は泣いてもいいんですよ。男でも。
アルコール入ってる今ならいくらでも聞いてあげますよ。」

そう言葉をかけてあげられてたら、
何かが変わったんだろうか。
ホルモン屋で再会してまた、会話できていたんだろうか。

僕が言葉に救われた過去があるように、
言葉で人が救われる瞬間は確かにあるように思う。

そして確かに、世界には次なんてなくて、
二度目なんてなくて、ただただ今しかなかった。

次がないのだとしたら、一期一会であるその瞬間に、
僕たちは決断する勇気を持っていたい。

好きな子に告白しようか迷っているその時も、
次のチャンスが訪れることなんてないし、

運命を感じる人とサシで飲んでも、
そのとき、連絡先を交換しなければもう会うことはない。

好きならば好きと伝えなければ、
相手はそれを知らないまま、自分の元から去っていく。

僕も、この一連の断片が後に恋人と付き合う因子になるのだが、
それはまた別の機会で話そうと思う。

とにもかくも、僕たちに用意されているのは、
今しかないということ。二度目なんていうのは虚構である。

だからこそ、僕たちは、
その瞬間に持てる全てを懸けるべきだ。
プライドも、体も、すべて捨てて。

その痛々しくも、勇気を持って決断した瞬間の集積が、
確かな時間となり、未来となるのだから。

自分自身でも定期的に振り返りたい、
そんな忘れられない、とある居酒屋での、
朧げで、忘れられないアルコール談である。


居酒屋での朧げで忘れられないアルコールと”二度目”/yama


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