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すれ違いと出会いは紙一重なのかもしれない。某日、渋谷スクランブルスクエア交差点で刹那的な人流に飲まれて。

某日、僕は渋谷駅にいた。

古くからの友人と渋谷近くの高級ホテルラウンジで、
一杯1500円のカモミールティーを飲みに、
ハチ公前で待ち合わせをしていた。

大学4年生で、確かまだ、暑さが訪れる前の、
寒さと暖かさが同時に溶け込んだ、
春でも夏でもない時期だったと思う。

なぜ大学生がホテルラウンジに行って、
一杯1500円のお茶を飲みに行くのかというのは、
本題から少しずれてしまうので、ここでは一旦割愛したい。

渋谷はそこらじゅうの孤独を
集中的に一ヶ所にかき集めて出来た街だと思う。

地球が丸いのは、
隅っこで一人ぼっちになってしまう人が出来ないため。
というのを聞いたことがあるけど、

地球がそれなのだとしたら、渋谷は、
「一人ぼっちにならないために、会う口実を作ってくれる場所」
なんじゃないかと思う。

特に必須な用事がなかったとしても、
口コミで評価の高いご飯屋があったり、
アパレルショップが立ち並んでいたり、
ひっそりとバーが佇んでいたりする。

あまりにも街全体の情報量が多いものだから、
特に何かをしていなくても、
何かをしているような感覚を与えてくれる。

そんな、寂しさと孤独を飲み込んでくれる街だ。

今回の、ホテルラウンジでの約束もまた、
それに該当するのかもしれない。

「電車一本遅れちゃってあと10分くらいかかりそうだわ。」

スマホの暗い液晶に光が灯って、
友人からのLINEがポップアップで表示される。

どこかにふらっと寄る時間もなかったため、
僕はハチ公前に取り残され、数百人の群衆の中に埋もれた。

おそらく彼氏と待ち合わせをしているのだろう。
大学生くらいの女の子がそわそわしながら、
バッグを両手でゆらゆらさせていたり、

2日酔いで潰れているのだろうか。
ベンチに寝っ転がっているスーツ姿の若者がいたり、

自分の存在を多くの人に広めようと、
刹那的に通り過ぎていく数百の人たちに
チラシを配るアイドルもいた。

そうやってレンズのピントを近づけて、
さりげなく一人一人観察していると、

不思議と吸い寄せられるように、
僕は渋谷スクランブルスクエア交差点に向かった。

信号が青になる直前。
歩道前には数えきれないほどの人が押し寄せる。

信号が青に変わった瞬間。
4方向から同時に数えきれないほどの人が歩き出し、
言葉も交わさず、刹那的にすれ違っていく。

触れようと思えば触れられる距離なのに、
言葉を交わそうと思えば今すぐにでも交わせるのに。

それでも僕たちはわずか0.数秒すれ違ったのち、
その後もう顔を合わせることは二度とない。

あるいはもしかすると、今回と同じように、
過去にすれ違った瞬間があったのかもしれない。

ただ、その時のことは覚えていないし、
記憶してすらいない。

出会いというのは、
”スクランブルスクエア交差点で起こる奇跡”だと思う。

あるいは、
”スクランブルスクエア交差点で振り絞るわずかな勇気”
と言い換えることもできるかもしれない。

その日に、その歩く速さで、そのタイミングで、
交差点に踏み入れていなければ、

その刹那的にすれ違う人たちを、
見ることは決してなかった。

交差点で歩みを進める途中で、
ほんの数秒、空を見上げていたら、

ただ歩みを進めていく世界線とは、
違った人とすれ違うし、

バッグを落としてしまった時に、
誰かが手を差し伸べてくれるかもしれない。

あるいは、もしすれ違う人たちの中の1人に、
一瞬の勇気を振り絞って声をかけてみたら、
何かが始まるかもしれない。

ほんの数ミリ何かがズレていただけで、
出会いというのは全く異なるものになる。

それまで彼女はいらないと言っていたのに、
とある日、マッチングアプリで、
出会った女性と恋に落ち、

それまで生まれてから20年以上ずっと、
関東住みだったにも関わらず、

突然、次の年から関西で一緒に住み始めることになった。
という話もある。

僕の友人の実話である。

その女性は、友人と遊園地で遊んでいる時に、
勧められて、数日限定でアプリを始めてみたらしい。

出会いというのは、
スクランブルスクエア交差点で起こる奇跡であり、
そこで振り絞る一瞬の勇気なのだとしたら、

僕たちは、その奇跡を奇跡として噛み締めて、
刹那的なすれ違いの中で、自ら相手の手を掴みにいくべきなのかもしれない。

すれ違ってしまえばもう、その人は、
人混みの中に溶け込んで透過していってしまうし、
もう永遠に会えることはなくなってしまう。

友人も恋人も、今自分と関係がある人たちは、
全てすれ違いから始まった奇跡であり勇気である。

何かが数ミリずれていたら、
すれ違うことすらなかったはずで、

そのとき自分が勇気を出していなかったら、
出会わずにすれ違いで終わっていた。

そう考えると、出会いというのは不思議なもので。
すれ違いと紙一重でしかないと思う。

勇気を出すのは怖い。ただそんな時には、
一瞬の勇気と一生の後悔を天秤にかけてみるべきである。

幸福は待っていても訪れない。
自分から掴みにいかなければならない。

平日の昼間だというのに、
街はたくさんの人で溢れかえっている。

その日、孤独と寂しさが集中的にかき集められた街、
渋谷では、きっと多くの奇跡が生まれた。
数えきれないほどの勇気が地上に降り注いだと思う。

どれだけ、すれ違いが出会いに変わったのだろうか。

どれだけの人が、すれ違いで終わるはずだった世界線を、
出会いという名の奇跡に変えられたのだろうか。

もうすっかり歩道を渡り切って、
3回以上スクランブル交差点の人流を眺めていた。

我に返ってスマホを取り出してみると、
5分前に一件のLINEが入っていた。

「ハチ公前着いたけど、どの辺にいる?」

取り出したスマホをそっとズボンのポケットに入れ、
再びあの交差点へと足を踏み入れ、刹那的な人流に飲み込まれていく。

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