【詩】臍帯
りあるたいむ逃避行 月面に到着
見えない数字を頼りに 星々を線でつなぐ
時計は宇宙標準時 おもりから離れて
背泳ぎ そのままの浮力に任せてみる
息を吐き 少しだけ 楽になる
からだは地球との臍帯
水と大気の青い光線
丸窓から 無音の生命圏を見おろす
こころは遠い的当て
三十八万キロ離れても
きみのいる地点をさがす
夕暮れどきの宇宙ホタル
船外放出された小便が 氷の結晶となり
太陽の光で きらきらと七色に光る
一千万個の微粒子の
美しさに息を呑む
一日の終わり 月の上の塵は
ひとつの方向に 同じだけ飛ぶ
瓶から放り出された
アンビリカルコード越しの胎児
六分の一の重力で 月を歩くことは
ぼくの一生を 照射してしまう
元のじぶんではいられなくなる
真空の宇宙 からからに喉が渇く
音のない暗闇で 置いてきた景色を思い出す
心音 唇の振動 ほっとする声
無数の原子を震わせる事象
鼓膜が振動の探知機 十億本の空気のバトン
ここが夜の底か天井かわからないけど
無性にきみの声が聴きたくなる
繰り返す生に 摩擦と共振がなければ
ぼくは 何のために生きている
司令船は 三〇〇〇度のオレンジの炎をまとい
自由帰還軌道に乗る
へその緒をたどり 惑星に帰還する