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愛し合う僧侶たちだったことを思い出すクリスマスの夜

最後に長い髪をしていたのがいつかも忘れた。あなたの髪も、すっかり色が変わったね。

あなたの影響で、私は赤ワインを飲むようになった。今は、たまにだけど。グラスをかたむける。クリスマスだから、今日は。


覚えてる、こんなにラブラブなカップルはいないと、自分で思ってた私たちが、無口になった、あの時?


初めて、一緒にキッチンに立った夜。

どちらも、自分のやり方があって、自然と口数が少なくなった。妙な緊張感が生まれた。

でも、あなたが、monks in love  と、ひとことつぶやいて、そこだけ二人で笑った。

愛し合う僧侶たち。修行中のね、きっと。うまいこと言うよね、あなた。いつも、いいこと言うよね。

それから、お互いが作った料理をならべて、いっしょに夕食。いつものように、私はビールで、あなたは赤ワインで、乾杯した。

 びっくりしたね、あんなに、私たちが、全然話さなくなるなんて。

グラスを傾けながら、二人で笑う。

  すごい緊張感だったね。たかが料理してるだけなのに。

 こっちのテリトリーに入るな、って感じだったのかな、おたがいに。

 そのやり方は、違う!いいけど、邪魔するな、って。

そうだ、一人暮らしが長かったから。そして、一人で料理することが苦でもなく、どちらかというと楽しみだった。二人とも。

私たちが慣れ親しみ、なつかしく思う料理は、食材が似ていた。地中海性気候と呼ばれる地域の近くで育ったのだから、不思議ではないか。日本の山陽地方。米国西海岸。

ニンニクとオリーブオイルなのか、しょうがとしょうゆなのか。私たちのちがいは、そこだけだと思ったりした。

それぞれに、自分の暮らしがあった。それは大事なことだった、どちらにも。自分のペースで生活すること。自分を見つけること。

だれかと自分のしたいことの間の2択なら、迷わず自分の方を選んできた。今よりはずっと若い、その頃の私たち。


その日の私は、そのうち、あなたと同じワインに。

 ねえ、お父さん、髪ある?

 あるよ。多くはないけど、ハゲてはない。

 じゃあ、おじいさんは?

私は、髪が薄い人に、失礼で不親切な考えを持つ。ユルブリンナー以外。恥ずべきだと思いつつも。

 一人は、死んだのが早いけど、死ぬまであったよ、二人とも。

それを聞いて、ホッとした顔をする、無礼者の私。

 よかった。

あなたは、ちょっと赤くなる。

 君がそう言うんなら。じゃあ、ぼくも。

怒っている顔ではない。

 このごろしばらく考えてたんだ。

あなたは、やや下を向いて、目をしばたたかせたる。顔を上げて、まばたきもせず言う。

 ぼくは、日本語を習おうと思ってる。

 えっ。

言葉につまる私。

ちょっと照れた顔のあなたが、自分のグラスを差し出す。私もグラスを近づける。カチンと音がして、赤い色が、やわらかくふるえる。



あなた、覚えてるよね。わたしたちは、どちらからのプロポーズの言葉もなしに結婚した。もう、わかってたから。

そして、どう考えても、私には、あの時のあなたの言葉が、いちばんプロポーズに近い気がする。



ねえ、もう一回しよう。クリスマスだから。乾杯。


赤ワインを湛えたグラスが2つ近づく。そして、聞こえるか聞こえないかの音を立てる。





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