5Kラン
パーン、とピストルの音がする。小学生らが飛び出す。その後ろを、ゆっくり歩き始める。
胸をかばうように、肩を少しまるめて。沿道の人たちが見ているのを気にしながら。
去年はオンラインになった5キロを走るイベントが、今年は実際に行われるらしい。そのことを知らせたり、エントリーを促すメールや郵便物も、もういくつも受け取った。
Outrun Cancer、ガンを追い越す、と名前につく、5キロを走るイベント。
わたしの住む町だけでなく、いろいろな地域で行われる。こういう、なんとかランとか、5Kと呼ばれる走るイベントは、テーマもサイズも色々で、どの町でも、春や秋に多くある。啓蒙をかねた、募金活動だ。
わたしが手術をしたのと同じ頃、子どもが、クロスカントリーというスポーツを始めたので、そういう走るイベントや競技を、初めて知った。それまで、注意をはらったことも、興味を持ったこともなかった。
わたしの町の outrun cancer の5Kランは、毎年、秋にある。そのイベントのことをすすめられたのは、胸を切った年。外科医のオフィスでだった。
歩くだけでも参加できるし、1キロの部もあるよ、と。ガンを患った人のためのイベントだから、と。
夏のまっさかりに、それも2度も手術したわたしは、精神的に、ぐらぐらしていた。いい人と、とんでもない人、と自分で思う振り幅を、1日に大きく動いていた。
そして、弱っていた。医者に言われるとおり、毎日、外を歩いては、いた。唯一、したいと思う水泳は、癒えたらプールに行ってもいいと言われていたが、まだまだ先になりそうだった。
その年、すすめられたイベントで、1キロを歩いた。
手術して、2ヶ月。人がたくさん集まる所に、出てみようとも思ってなかったのに。元気な時でも、こんな、走るイベントに、参加しようと思ったことなどなかったのに。
参加者は、イベント前にもらった長袖のコットンシャツを着る。色は年によって違うが、ガンを患う、または、患った人のは、赤色だ。会場では、赤いシャツが、思ったより多く目についた。
5千人が参加するイベントの開会式が始まる。紹介やスピーチを聞いていると、わたしに、誰かが赤い風船を差し出してくれる。赤いシャツを着ているからだろう。
15分程度の式の最後に、風船を空に放つように呼びかけがあった。手のひもをゆるめる。いっせいに、何百もの赤い風船が浮かぶ。
自分が手放した風船を目で追っていたのに、そのうち、どれかわからなくなる。だんだん小さくなる赤い点々をみあげる。
いつか、見えなくなるんだろう。
でも、それまで、見続けているわけにはいかない。1キロ開始の合図がある。大人のようにウォークで参加していない子どもらは、よーいドンの姿勢で、テープのすぐ前に陣取っている。
1キロを歩き終えるまでに、わたしの傷は癒えない。わたしの心配はやまない。
それでも、いつか見えなくなるんだろう。気がつかないところに行ってくれるのだろう。いつか、そのうち。
たったの1キロメートルを、歩きながら、人に声援をおくられ、ぎこちなくでも返していた。不思議な気がした。想像もしてなかったな、こんなものに参加するなんて。
1キロを歩き、ゴールに着く。それが、ただうれしくて、わたしは、来年は走って参加しようと思っていた。
👟 👟 👟
今日の記事のきっかけは、かなこさんからのコメントでした。今週のわたしの記事は、水泳、そして、自転車。流れが、トライアスロン、ではないかと。それで、走ることの記事で、トライアスロンにしてみました。(この記事の中で、結局走ってはないんですけど、わたし、、。)
そして、同じ日の投稿で、かなこさんは、トライアスロンのことを書かれていました。読書とラム酒と料理とかぶせて。いつもながら、色々な味の重なりが、絶妙です。一粒でなんどもおいしい溶け合い方です。
わたしのトライアスロンです。(走ってませんが😆。)
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