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【小説】風船に詰め込まれた感情は誰のもの?
真っ白な壁に明るい光が注がれる一室にポツンと小さな木箱が置いてあります。
その箱にはいろんな色の風船が入っていました。
「どれでもお好きな風船をおひとつお選びください」
優しく語り掛ける声に誘われるまま恐る恐るその一つに自分の手が触れると部屋いっぱいに風船の中に詰め込まれた感情が一気に広がりました。
今回は選ばれた青い風船のお話を紐解きましょう。
その前にあなたに一つ質問です。
猫はお嫌いですか?
最後にもう一度お聞きしますのでそれまでに答えの用意をお願いしますね。
私は先日子猫を保護しました。
これで4頭目。今回は三毛猫の女の子。
何故かしら我が家の周りに親とはぐれた子猫が出現するんです。
数年前にも二毛猫、いわゆる黒白の八割れの子猫が夜中に鳴いていたんです。
その時は取り敢えず餓死しないようにと餌を少しだけあげて朝まで様子見してたんです。
親猫が近くにいるかもしれないと思いまして。
でも翌朝その子猫はどこにもいなくてどっか行ってしまったようでした。
目の前で餓死されるのだけは避けられたってことで納得しました。
子猫と言えどノラ猫。餌をやる行為に対しては賛否両論あるのは理解しています。
猫が嫌いな人にとってはたまったものじゃないと思っているのかもしれない。
猫が嫌いな人、アレルギーのある人それぞれ。
もしかしたら猫の糞尿で迷惑されている人も猫嫌いとひとくくりされているかもしれません。
ただノラ猫の元々の原因は人間だし、家で幸せに暮らしていた猫が捨てられていきなり厳しい外の世界で生き抜いていかないといけなくなったりと猫側に立って考えるとどうしても放っておけないって思うんです。
ノラ猫の中には我が家に通ってくる猫もいます。
毎日のように通ってくる子もいますし年に数回ひょっこり現れて生存報告してくれる子もいます。
顔なじみになってしまうとついあの猫たちは元気にしてるかなと考えてしまうんです。
時々車に跳ねられてしまう猫もいて胸が痛みます。
一番辛かったのは家族を迎えに車で出かけた時見かけた黒猫。フェンスによじ登っていたんです。向こう側に畑があったんですけどそこに行きたかったのかもと思っていたんですが帰りに同じ道でその子路上で死んでいたんです。
畑に行けば生きていたのに道路に出てきちゃったんでしょうね。
可哀そうだけど私には何も出来ませんでした。無力感しか無かったです。
それも私の傲慢な思いなのかもしれないなと最近思うんです。
猫に限らず動物って命が尽きる瞬間まで生きることしかそこには無いんじゃないかなと。
寿命を迎えた子はもちろん、理不尽に命を奪われた子もきっとその瞬間まで精いっぱいの生しかないんだろうなって。
キャンドルの火が静かに消えるのと同じように。
自然に受け入れている感じがするんです。
子猫が親猫からはぐれてしまうと食べるものを自分で探さなくてはなりません。
私が保護した子猫は食べるものが無かったのか草を食べていたようで下痢をして、おしりはただれて座ることも出来ない状態でした。
ガリガリに痩せて重さなんて感じられなくてそれでも頑張って生きて私の所まで来てくれたんです。
今じゃ大きな顔して家中走り回りお腹が空いたとご飯を要求して、寝るから膝を貸せですよ。あの時のしおらしさはどこ?って感じ。
実は猫を飼うまで私は猫が大嫌いだったんですよ。
何を考えてるか分からないし。
一番の原因は小学生の頃飼っていた雛を狩られてしまったからなんですが。
今でもはっきり覚えています。茶トラのネコでした。
でもいざ飼ってみると表情は豊かだし感情も豊か。
自分より弱いものに対して攻撃はしない心優しさがある。
嫌いになれるわけがないじゃないですか。
私は先日子猫を保護しました。
これで4頭目。三毛猫の女の子。
私は先日子猫を保護しました。
これで4頭目。三毛猫の女…
私は先日子猫を保護しました。
これで4頭目。三毛……
私は先日子猫を保護しました。
これで4頭目…………
私は先日子猫を保護しました。
これで4………………
私は私は私は………………
何度も何度も繰り返される同じ感情。
ぐるぐる繰り返されるうちに短くなる言葉。
パンッ!
白い空間には無。
どうやら耐えられなくなった風船が割れてしまったようです。
突然の音にびっくりしてしまいしばし呆然。
部屋にはいつの間にか姿見が現れてあなたを映しています。
いったいどんな姿をしているのか確かめてくださいとばかりに。
あ、そうそうお伝えしたいことがあります。
本日5匹目の子猫を保護しようと思います。
名前聞いても良いですか?
その子にあなたと同じ名前を付けたいと思います。
声、出せますか?
またあの声だ。丁寧で優しいがどこか棘を含んでいるような不思議な声。
「にゃあ!」
「⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉」
姿見が自分の身体を何度も何度も見て変わり果てたわが身を信じられない顔をした子猫を映している。
風船を触る前までは人間だったはずなのにっ。
私はね見てしまったんです。あなたが子猫をいじめているのを。
お腹が空いて助けを求めて寄ってきた子猫をあなたは川に落としたんです。
その子猫どうなったと思います?知りたくないですか?
首を振る子猫。
そうですか。さて、どうなったんでしょうね。
先住猫たちにいろいろ教えてもらうと良いですよ。
自分がどれほど残酷で愚か者だったかを知ると良いですよ。
もしかしたらその中に見知った顔もいるかもしれませんね。
あなたに川に落とされた猫とか?
大丈夫、恐れなくても弱い者いじめはしません、猫たちは、ね。
あなたのニャン生きっと楽しいものになりますよ。
私が飼ってあげるのだから。
最後にもう一度質問です。
あなたは猫がお嫌いですか?
声は出なかった。
猛烈な眠気の後、感じたのは身体を包み込む温かな人の手のぬくもりだった。