年表を眺めながら#6『無知を自覚する』
わからないことをわからないまま放置する能力。子どもから大人になる過程で、みんなこの能力を大なり小なり身に付けていき、自分がわからないことがあっても、「別に大丈夫」になっていく。
2007
2007年、ぼくはまだイラストレーターには1ミリもなっておらず、英日翻訳の仕事をはじめた。その仕事は国際ニュースに関するもので、海外で撮影されたニュース映像をたくさん見た。当時、イラクではイラク戦争の影響で国内が乱れまくっていて、テロが頻発していたので、毎日のようにテロ現場の映像を見た。そして、車の残骸・血まみれの服・遺体袋など、日常では使わないような英語を日本語に訳していた。
その頃、同僚と「イスラム教のスンニ派とシーア派ってどう違うんだろう?」という話をした。イラク国内にもスンニ派住民が多く住む地域と、シーア派住民が多く住む地域とがあり、双方の地域でテロが起きていた。だから、その宗派の違いくらいは知っておきたいな、と思って同僚と話しをしたのだが、2人とも何も知らなくて、結論は出なかった(バカが何人集まってもバカな結論しか出ない、とぼくはここで学んだ)。
その宗派の違いを知ったところで、英文翻訳に活かせるわけではなかったので、知らなくても翻訳に影響はなかった。英語で「シーア派」と書いてあったら、ぼくたち社員はそれを日本語で「シーア派」と書けばそれでよかった。それ以上のことは求められていなかった。
2015
いまではあまり名前を聞くことのなくなった「IS=イスラム国」。この年の11月、パリでISによる同時多発テロがあった。ISはイラクで生まれたスンニ派組織だ。イラクはもともと住民の数ではシーア派が多数を占めていたが、フセインによる独裁政権下ではスンニ派が要職についていた。イラク戦争でフセイン政権が崩壊したことでそのパワーバランスが崩れ、多数派であるシーア派が民主的に政権を掌握。スンニ派住民に不満が集まったことがIS誕生の背景にあった。
2003
ニューヨークでの同時多発テロのあと、アメリカのブッシュ政権はアフガニスタンに侵攻。さらに、イラク侵攻にも乗り出す。ブッシュ政権は、イラクに大量破壊兵器があると主張してイラクに攻撃を仕掛けた(日本も賛同した)。
ところがそのとき、ブッシュはイスラム教のスンニ派とシーア派の違いをわかっていなかったという。翻訳会社勤務1年目のぼくと同じくらいの理解度でイラク戦争を起こし、その結果が、ISの誕生である。
2019
何かのニュースを見たとき、少ない情報から、憶測で物事を考えてしまう自分がいる。ある事件の容疑者の年齢や職業、ニュースに書かれたわずかな一文から、その容疑者の犯行の動機がわかった気になってしまう。
わかったつもりは、行動と結びつきやすい。本当にわかったわけではなく、わかったつもりでも、ヒトは行動できてしまう。理解度と行動の度合いは比例しないのだ。
もちろん、行動すること自体にもさまざまな価値はあるが、無知を自覚せずに行動することのほうがおそろしい。その行動の結果が、ISの誕生なら、その行動は控えたほうが良いかもしれない。
「わかっている」と迂闊に思わない方法を知りたい。自分の中から質問を引き出したい。「どうしたらわかるか?」よりも、どうしたら「もう少し調べてみよう」と思えるかのほうが重要だと思っている。おそらく「わからなくても大丈夫」と思っているから、知ろうという気がなくなっていくのだ。年齢にかぎらず、大人になると、無知でも意外と大丈夫なことばかりが増えていく。
その無知を自覚する方法のひとつは、自分が「わかっていると思っていること」をまず言葉にすることだ。読むだけだとたぶん「無知」に気づけない。言葉にすると、曖昧な知識が自分でわかってくる。
この文章も、そんなふうに、曖昧な知識だけで書かれた文章だ。