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本のある暮らし  Titleがある街に住んでいる

こどものころから、ミスタードーナツのお店のある街に住みたかった。念願かなって、家族で中央線沿線の荻窪に引っ越してきたのが5年前の春だ。そのドーナツ店が今年のはじめに閉店することになって残念に思っていたが、私が毎日の生活に追われていて知らないうちに、この街にTitle という本屋さんができていた。

駅から10分ほど歩く、大通り沿いではあるが、けっして行きやすいところではない場所に、その本屋さんはある。リブロ池袋の書店員さんだった辻山さんが独立して開いたお店で、本が好きな人だけでなく、出版関係者もわざわざ遠方から訪れるという。

近くに大きな公園があるので、週末はよくその前を子乗せの電動自転車で通り過ぎる。夫が「どうしても寄りたい」というときは、あっちゃこっちゃ触る子どもたちを気遣いながら夫の本選びを待っている。自分の中で、ゆっくりここに来られるようになるのは、こどもが自立したくらいかなーとあきらめていた。

新型コロナウイルスで、学校休校やら保育園休園やらの混乱のあと、子なし在宅勤務の平和な日々がやってきた。そうだ、今ならいけるじゃん、と気づいたのは、『本の世界をめぐる冒険』という本を誰かがSNSで紹介していて、その発売記念イベントに辻山さんが出演される、とあったからだった。

自転車に乗って、はじめて一人でお店の扉をひらく。1冊しか平台に置かれていなかったり(普通、沢山積まれている)、決して万人受けしそうもない本がならんでいたり。お店がセレクトした本たちが、静かに買主を待っている…そんな静謐な空間。人文系の本が多い気がする。小さいながら文庫の棚2~3竿あり、その奥の棚1竿分に、セレクトされた漫画が並んでいる。『鬼滅の刃』とかは、ない。

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(写真)店内の様子。お店のサイトから。

夏のこの時期なのに、文庫棚には各社キャンペーンもなく、普段の自分の仕事を完全否定されているというのに、ものすごく心地がいい。コロナ流行によって感染症などの関連本を平台一等地に置いている、という書店さんもたくさん見るが、ここに至っては、その先にある、コミュニティや地域の問題を多視点で論じた本、医療従事者の書いた詩の本、などが、それぞれのテーマの棚に、さりげなく置かれている。一歩踏み込んだ、自分が日頃、ん?と気にしているテーマにすっと寄り添ってくるような本がセレクトされている。

目当てのものがなく、探しているうちに他の本がどんどんほしくなって、ついには紙袋を2重にされてしまうほどの量を買ってしまう(計1万5000円也)。日ごろ、「本を買いすぎる」、とか、「家に物を置くところがない」、とか、「泥棒が家に入っても盗まれるものがないくらい我が家には本ばかり(ほかに財産なんてないよね)」!と夫に言っている自分が、禁を犯したように買い込んでしまった。


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(写真)今回購入した本。ここだからこそ出会えた!という感じがする。

レジで、辻山さんに、「タイトルを忘れてしまったのですが本に関する本で、辻山さんがイベントにご出演されるとか聞いたのですが、探しているのですが、見当たらなくて」というと、

彼はほんの少し考えて、「ああ、これですね」と奥から『本の世界をめぐる冒険』を1冊、もってきた。「イベントは先週でした」優しい声だった。「あ、そうでしたか」…大量購入のお会計が終わったあとだったので、もう一度お会計をやりなおしてもらい、すでにパンパンになっている紙袋に入れてもらう。

私の選んだ本を見て、辻山さんは私のことをどう思っただろうか。レジの向こうから見える世界はどんなものなのだろう。ここには、この空間の主にしかあじわえない、ひそやかな楽しみがあるような気がした。

カランと扉が音を鳴らして、お店を出る。

さて、保育園に、学童に、こどもたちを迎えにいかなくちゃ。


●荻窪  本屋Title   https://www.title-books.com/

●『本の世界をめぐる冒険』ナカムラクニオ NHK出版 

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本ってなに?世界と日本における本の歴史から、本の役割、そして現在と未来の可能性を書いている。個人的には”「場」としての本”というテーマで書かれた章がおもしろく、これについては追ってどこかで感想を書きたいと思う。著者は、荻窪にあるブックカフェ「6次元」店主。


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