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悪口の練習:吉松隆の[英雄]コンサート @ 東京芸術劇場

私、内心では邪悪なことを考えていても、(少なくとも公の場では)できるだけ悪口や批判は言わないようにしている(つもり)なんですが、昨日はちょっと考えることが多かったので、NOTE開始記念に悪口の練習だと思って書いてみますw

プログレの名曲"Tarkus"をオーケストラで再現する

先日、上記タイトルのクラシックのコンサートを観に行きました。狙いは当然、ELP(Emerson Lake & Palmer)のレコード一面を使った名組曲"Tarkus"オーケストラバージョンの生演奏。結論から言いますと、若干不満足に終わったので、その要因を悪口的に書いてみようという企画です。
ちなみに私はELPを小学生時代から聴いており、音楽的原体験の一つ。その後50年を経て、昨年に学生時代の仲間を中心とした凄腕メンバーと同曲のリモートカバーをやっています。チョー自画自賛ですが、余多ある同曲のYou Tubeカバーのなかでも相当レベルの高い方だと自負しております。

これはCD化されている今回のオーケストラバージョン。

それえでは、要因を分けて書いてみます。

編曲の問題

編曲は、日本のクラシック界の第一人者でカラフルなオーケストレーションで著名な作曲家の吉松隆さんがやっているので、あまり文句もいえないわけですが、細かく言えばいろいろと。まあ、好みと猿知恵/後知恵の類ですが。

  • 随所に出て来るクローズハイハットの8つ打ちがダサい。なんか、いわゆるブラバンのポップスの部(要はエイトミュージック)を思い起こさせるw最近は小さな音で微妙なニュアンスのコントロールのできるドラマーもたくさんいるんだから普通に連れてきてセット叩かせればいいのに。ティンパニや銅鑼とドラマーの共演は迫力があって格好いいと思うなあ。

  • 上記8つ打ちは問題はStones of Yearsに顕著なんだけど、別にここのパート、テンポキープする必要ないような気もする。メロディ重視で、ルバート気味にテンポに緩急をつけるようなことやったらある意味クラシックっぽくて面白かったと思うのだが。ちなみにMassのハイハットもダサい。

  • ソロのパートを再現するときのフレーズがダサい。アーティキュレーションが変なクラシック奏者に中途半端なブルーノートフレーズを弾かせるのがいけないのかな。もっとペンタトニックとか、四度フレーズとか、とにかくガンガンアウトさせちゃうとかやればいいのにと思いました。

  • 他にも聴いてると「俺ならこうする!」みたいなアイディアが出てきちゃって困りました。例えば、折角パイプオルガンのあるホールなんだからBattlefieldの頭は、まんまパイプオルガンにギャーンとやらせちゃうとか。Aquatarkusもそのままパイプオルガンとオケの掛け合いにするとかw 

  • って調べてみたら、東京芸術劇場のパイプオルガンって妙に格好いいですねえ。なんとなく「恐怖の頭脳改革」のジャケットみたいw 当日はカバーが掛かってたけど、観てみたかったな。使わなくてもカバー取っておけば観客の三分の二ぐらいはウケたと思うw

  • あとは、Aquatarkusで冒頭のパターンに戻るところは、例えばスネア三台ぐらいでマーチングドラムガンガン叩かせてオケが消えていって、、みたいにしたら格好いいだろうなあとか。なんのことはない、私たちのカバーでやった手法ですね。上のYou Tubeの17:00くらいから聞いてみてください。

指揮(曲の指示)の問題

アレンジはまあいいとして、次は指揮者のディレクションの問題ですかね。

  • ManticoreのやIconoclastのトランペットに顕著なんだけど、やっぱりアーティキュレーションの指示が変だと思う。他にも管楽器は違和感だらけでした。これは奏法の問題もあるんだけど、やっぱり、もう少し指揮(アーティキュレーションの決め事)でどうにかならないかと思いました。

  • まあ、これは編曲者の意図もあるんだけど、各パートの聴かせどころの優先順位が違うなあと思う場面が沢山。

  • さらに、テンポも全体的に妙に速くて、演者が唄うべきところでうまく唄えていない感じもあちこちで。これは明らかに指揮の問題かと。

  • テンポという意味では、随所に出て来る「タメ」みたいなのが今一つだった。もう少し大袈裟に気合入れてやればいいのに、何となくスルッと抜けちゃうことが多いなあとか。

ここら辺は完全に解釈や好みの問題だとは思うんですが、やっぱり指揮者が原曲の凄さをいまひとつ理解していないんだろうという感想ですね。上からですみません。

演奏者側の問題

まあ、そもそもクラシック奏者にこの手の曲を演奏させると、どうしても違和感がでてくるのは避けられないというか。

  • 特に金管楽器の長い音、アタックした後ちょっとだけ音量下げて膨らませるみたいなのがクラシックのデフォルトなので、オリジナルのオルガンの再現、もう少し言うと、ジャズやポップスのホーンセクションの再現は難しい(っていうか気持ち悪い)。そこら辺は演奏者がもう少し気を遣うべきかと。

  • 唄を楽器で再現するのは改めて難しいですねえ。特に管楽器。Battlefieldの唄の部分、バックのアレンジはそこそこイケてるので、管楽器はやめて歌手連れてきて唄わせた方がいいと思う。なんなら、クラシックギター奏者といい歌手のDuoなんかにすると「わかってるぅ!」となるんだけどなあ。これはアレンジの問題か。

  • ピアノも譜面をそのまま弾いてる感じが気持ち悪かった。アーティキュレーションやタイム、なんならリハモ的なことも含めてジャズの上手い人連れてくればもう少しどうにかなったと思うんだけど。

  • 最後に言わなければならないのは、特に管楽器、短いソロのパートでのミス(音外すとかひっくり返るとか)が多すぎ。プロとしてあれは不味いだろう。

あまり書きたくはないんだが、やっぱり本物へのリスペクトだとか、どうにかして本物を超えてやろうとかいうパッションだとかが演奏者側に感じられなかったなあ。これは私の勝手なタルカス愛が強すぎるからそう感じるのかもしれないが。

他の曲について

コンサートでは、当然吉松隆さんの他の曲も演奏されました。

  • 一曲目の「鳥は静かに(op.72)」は管楽器打楽器はお休みで、ストリングセクションだけで全体的に静かにゆったりと流れる曲。センスの良い映画のサントラみたいで緊張感はあれど心地よく、あまり長くもなくw  個人的にはこの曲が一番良かったです。

  • 二曲目の「若き鳥たちに(op.107)」。管楽器、打楽器が入って鳥の囀り、というか、鳴き声を再現するようなパートが沢山出て来るカラフルな曲。ちょっと鳥の技に拘り過ぎか。

  • そのあとタルカスを演奏、休憩が入って、二部が「交響曲第三番」でした。フルオーケストラを使って様々なモチーフと技法を次から次へと繰り出してくる感じ。なんですが、すみません、途中で落ちゃいましたw。多分、クラシック技法的には非常によくできている曲なんでしょうが、やっぱり途中で集中できなくなってしまう。

  • 改めて今の世の中、4楽章40分からなる交響曲というフォーマットがどこまで求められているのかなあと思ったりしました。コルトレーンのソロ15分とかで喜んでいる人間の言うセリフではないがw

まとめにかえて

こうやってオーケストラのコンサートをフルで聴いてみると、改めてこの前観たモリコーネの映画だとか、最近ではドラマ大奥の音楽とか、映画音楽あるいはドラマのサントラ的なものってよくできてるんじゃないかと思ったり。オーケストラだったらライブであの手のもの聴いてみたいな。大奥のテーマなんか、いまや聞こえてきただけで涙を流す自信があるw。

さて、そう考えると、20分程度の組曲で、クラシック以外のマーケットの人が集められ、オーケストラ的技法も、ロックやジャズの要素も使い放題である"Tarkus"なんてのはオーケストラ化するのに絶好の素材だよなあ。そんな曲を採りあげてくれて、音源にしたり、コンサートまでやってもらって感謝しかないわけですが、だからこそもう少し工夫のしどころがあるのではないかと感じてしまったのが、今回悪口を書こうとしたきっかけでした。まあ、素人のたわ言ということでお許しいただければ幸いです。すみませんでした。

おまけ

こんなのみつけた。確かこれテレビで観たな。同じアレンジだと思うが、こちらの方が指揮者の解釈としては随分といいような気がする。

これもオーケストラバージョンで、ミュンヘン放送交響楽団かな。いわゆるバンドと一緒にやってます。ピアノの人がイマイチだけどw、こっちの方が私のイメージには合う。

完全におまけですが、タルカスのカバーという意味で私が世界一と思っているのがこれです。日本のオタク文化とクラシックとブリティッシュプログレと大河ドラマの融合。アニメ含めすばらしい。


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