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82.【コラム】探せ、この世の全てを置いてきた。徳川埋蔵金伝説

こんにちは。八木原悟です。

昨日に続き、赤城山を深堀していきましょう。

本日は、赤城山の最大のミステリー

「德川埋蔵金伝説」

徳川埋蔵金って知っていますか?

江戸幕府が滅びた時の財産が、赤城山に眠っているという説です。

1868年、大政奉還により、江戸幕府が終焉を迎えました。
江戸城が無血開城した時、新政府軍が幕府軍の財産を押収しようとしました。

しかし、探しても探しても、金銀財宝が見当たりませんでした。

「いったいどこにあるんだ??」

その時、新政府軍が目星をつけた人物がいます。
当時の勘定奉行の「小栗忠順」という方です。
実は、この方の出身が現在の群馬県なのです。

そのため、城下町にこんなウワサが流れたようです。

「小栗が幕府の金を持ち逃げした。赤城山に向かっていったぞ!」

財産は400万両、現在の価値で20兆円と言われている大金です。
幕府は、再興の軍資金として、お金を赤城山に隠したとも考えられます。

その後、小栗は拘束され、斬首刑で処罰されてしまうのです。

これによって、埋蔵金の真偽がどうなったかは、わからないままになってしまいました。。。


この赤城山、徳川埋蔵金伝説は、テレビ番組で取り上げられたりしたこともありました。

他にも、諸説がありますが、個人的には、赤城山に埋蔵金が埋まってると信じてます。

もしかしたら、私の実家の裏庭を掘ったら、金銀財宝が埋まっているかもしれません。
その可能性はゼロではないのです。

もし、実家の飼ってる犬が「ここ掘れ!わんわん!」とか言って、金銀小判が詰まった甕や万両箱なんかがでてきたら、わくわくですねー!

その時は、独り占めせず、ご報告いたしますね。

私は、こんな悠久のロマンあふれる素敵な土地に生まれ育ちました。

地元の大学を卒業し、上京してきて早12年目になりました。
今は、けっこう都会の絵の具に染まってしまってます。

初心忘るべからずということで、たまに郷土愛を語った投稿もしていきます。

よかったら、読んでいってくださいね。

今日はここまで。

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