20020920 良貨は悪貨を駆逐するか
「良貨が悪貨を駆逐する$${^{*1}}$$」という表現に出くわした。この表現が出てくるまでは、その文章が難なく理解出来たのであるが、これによって突然、調子が狂ってしまった。よく読んでみると、ある法律を作って良い品質の製品が悪い品質の製品を市場から追い出す、と言う現象を説明するための喩えであった。これでは全く喩えになっていないので、その喩えで何を言おうとしているのかが直ぐに解らなくなってしまったのである。
比喩というのは何かを説明する時に良く知られた事象を借りてきて、それになぞらえて表現することである。話す相手や読者がよく知らないような事象や物事を借りてこられても比喩にはならない。更に実際には起こらない事、存在しないような物事で説明されてはさっぱり解らない。ただし、あり得ない事の比喩として別のあり得ない物事を借りる場合はある。
「良貨が悪貨を駆逐する」とは一体どんな現象なのだろうか。
グレシャム$${^{*2}}$$の法則というのがある。貨幣としては同じ価値だが、品位$${^{*3}}$$が違う二種類の通貨を流通させた時、品位の高い通貨は退蔵$${^{*4}}$$され低い通貨の方だけが市中に出回ると言う考え方である。所謂「悪貨が良貨を駆逐する$${^{*5}}$$」である。イギリスの貿易商人であり財政家であったSir Thomas Gresham$${^{*6}}$$という人が言ったとされている。
悪貨は良貨を駆逐するが、良貨が悪貨を駆逐することはあり得ない。同じ価値なら誰でも金の含有量が多い通貨は手許に置きたくなるだろう。
従って実際に起こりえない「良貨は悪貨を駆逐する」という表現は比喩になっていない。善人が増えて悪人の居場所がなくなる、ということはあり得る現象だ。これを説明するのに起こり得ない経済的事象「良貨は悪貨を駆逐する」を持ち出して喩えにしては何が何だか解らない。
例えば貨幣の流通過程に於いて品位の高い良貨が市中に出回り、悪貨が退蔵される現象が何らかの原因で起こったとする。これを説明するのに「善人が増えて悪人の居場所がなくなる」様なものだ、と説明するのはいい。「良貨が悪貨を駆逐する」で「善人が増えて悪人の居場所がなくなる」を説明するのは、喩えるものと喩えられるものとが逆なのである。
*1 「良貨が悪貨を駆逐する」 新しい未来が始まります。 – Goodmoneylab
*2 Sir Thomas Gresham
*3 20010129 貨幣の品位
*4 goo [国語辞典]: 退蔵
*5 悪貨と良貨の違い
*6 Gresham, Sir Thomas. The Columbia Encyclopedia, Sixth Edition. 2001
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