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「自己受容」について_その1
自己受容ってテーマが大きすぎて漠然としてしまうのだけど。
心理学の世界では、自己受容するには、まず自分の身体にアプローチしろとゆう。ゆっくりお風呂浸かったり、自分の身体が欲してるものを与えてあげたりね。
最近ようやく腹に落ちてきたよ。
「身体」って、「神器」やん。
この「身体」こそが「神さん」なんやん。
釈迦が「人身得難し」ってゆうたんもそれやん。
整体師が私の身体を触るときに手を合わせ一礼するのってそれやん。
前に友達が、この世に未練はゼロやけど、自分の長年費やした身体から離れるのはふと淋しなるかもてゆうてたんが、ずっと心に残ってる。
そんなこと考えたことなかった。
けどさ、この顔も髪の毛も、腕も足も手もお腹も身長も体重も、私が選んでこの世に再現させた乗り物やん。死んだら(意識が途絶えたら)この身体は焼いてなくなるやんな。次もし地球に来たとしても、もう同じ顔でも身体でもないよな。
そしたら、無性にこの身体が愛おしくなってきた。
この身体が愛おしいってふと思えた時、自己受容への扉が大きくひらかれる。