大人への階段~小さな命~
高校1年生の6月、あたしは中村くんの彼女になった。
その月からあたしは音大へ行くためにレッスンが忙しくなって、さらに厳しい教授のレッスンに体調を壊すことが増えた。
更に付き合った日から2週間もしないうちに車とぶつかり、前歯2本を失うというショッキングな出来事までおきた。
けれどあたしは、中村くんがいてくれるから何とか自分を保てていた。
母はそんなあたしの恋愛をいつも鬼のような形相でみてきたけれど、それでもあたしは負けないと心にきめていた。
中村くんとは放課後も部活で帰る時間が別々なため、なかなか話す時間がなく、休み時間も照れていたからお互いの教室へも行ったりはしなかった。
ただ、交通事故で前歯を失ってから、電車に乗るのが恥ずかしいと言っていたあたしを気遣って、みんなが登校するよりも1時間はやい電車に一緒に乗ってくれて登校するようになった。いつもタオルで口をかくしているあたしに気にしないからといってくれていたけれど、あたしは前歯のない状態を絶対に見せたくなかった。
そうしてあたし達の恋愛はすこしずつ距離が縮まっていったようにおもっていたが、夏休みになって会えなくなると急に距離が離れたように感じることがあった。
中村くんはデートにも誘ってくれなかったし、会える日を聞いてきてもくれなかった。さみしかった。
そんな中、あたしの提案で交換日記を始めることになる。
あたし達の高校は下駄箱に扉がついていたから、部活に来たら交換日記を入れておくというように決め、ノートが入っているときはさみしかったあたしも元気がでた。
2学期に入り、もう付き合って3か月にもなるというのに、あたし達は手もつないだことがなかった。もちろんキスもしたことがなく、そんなことをする日が来るのかとおもうくらいだった。
けれど、その日は突然やってきた。
文化祭があった日、終わってからあたしは中村くんの家へ遊びにいくことになった。
初めてはいる男の子の部屋。派手なバンドのポスターが貼ってあって、聞いたこともないようなバンドの曲が流れた。
たわいもない話をしていたけれど隣に座りに来てくれもしない中村くんに、あたしは「手くらいつないでほしい」とお願いした。
あたし達は向かい合って座ったまま手をつないだ。
今にしたらなんて大胆な女子だったのかとおもうけれど、あたしは中村くんに触れたかった。
その日の帰りあたし達はキスをすることになる。
中村くんと見つめあったときにあたしから目を閉じたからだ。
「え…どうしたらええの…」ずっと困っている中村くんを無視してあたしは目を閉じ続けた。そして一瞬だけのキス……。
キスする、しないで何か変わることではないのに、それだけであたしは本当に彼女になれた気がした。
それからあたし達は初めてのキスを終え、タガが外れたかのようにどんどんと急接近していった。
高校生になったんだし、覚悟もしてたし、なにより中村くんならいいと思っていた。
そしてあたし達はひとつになった。
初めてのキスから半月後のことだった。
その日からあたしのピアノのレッスンが急に増えたので、中村くんと二人で過ごせる日がなかなか取れなかった。けれど初体験の日からあたし達は気兼ねなくクラスを行き来できるようになり、休み時間も一緒に過ごすことがぐんと増えた。
あたし達がまた再び二人っきりで会えたのは初めての日から1か月半もあとのことだった。
その日、中村くんは避妊をしなかった。
あたしもそれを知っていながら受け入れてしまった。
1か月後、あたしの妊娠が発覚するのだった。