袋井の後発酵茶・菩提酸茶に乳酸菌は存在するのか?あなたの知らない乳酸発酵茶のミクロな世界。
菩提酸茶(ぼだいさんちゃ)とは
菩提酸茶は晩茶研究会独自の製法で製造している後発酵茶です。
阿波晩茶と碁石茶の中間的な酸味があり、柑橘系の香りが特徴です。
圃場が静岡県袋井市豊沢(菩提地区)にあり、酸味が強いことから菩提酸茶と名付けました。現在は晩茶研究会のメンバー4名で東京農業大学・内野昌孝教授の指導を受けながら研究・製造を行っています。
菩提酸茶に乳酸菌はいるのか?
菩提酸茶を飲むと多くの方が「すっぱい」と感じます。私も初めての試作品を飲んだ時、果汁のような酸っぱさに大変驚かされました。
「これはもはやお茶ではない、お茶だったことを忘れている。」そんなふうに思える味でした。
乳酸発酵が起こるだろうと思って製造したお茶ですので、酸味があって当たり前なのですが、実際乳酸菌がつくりだした乳酸なのか?
乳酸菌はあるはずでも目には見えません。見えない世界で一体何が起きていたのか、発酵中の茶葉の乳酸菌を観察・測定してみました。
(写真)乾燥前の菩提酸茶(2020寒茶)葉が黄色く変色し、酸っぱい匂いが漂う。原料となる寒茶は袋井市豊沢(菩提地区)の再生茶園を利用し無農薬の自然農法で栽培している。
菩提酸茶2020寒茶│乳酸菌菌数測定結果
菩提酸茶には乳酸菌が存在していた。
発酵3週間の乳酸菌数:4.0×10^9(CFU/g) 1グラムに40億個
発酵4ヶ月の乳酸菌数:3.0×10^4(CFU/g) 1グラムに3万個
顕微鏡写真で桿菌であることがわかりました。
(写真)菩提酸茶の乳酸菌の顕微鏡写真。グラム染色と呼ばれる細胞の種類を判別するための染色がなされていて、黒っぽく見える(実際には紫色=グラム陽性、陰性は赤色)ものが当該乳酸菌です。
発酵3週間の段階では4.0×10^9(CFU/g)存在していた乳酸菌が乾燥前の4ヶ月の段階では3万個に減少していることがわかりました。
茶葉の発酵状態で比較すると、3週間のものはまだ青みが残っていて、明らかに4ヶ月のほうが良いと感じられましたので、この結果は意外に感じられました。発酵は進んでいるのに乳酸菌は減少している。これはなぜなのでしょうか?
発酵槽の中で乳酸菌は増え続けるわけではない
乳酸発酵は乳酸菌が糖を代謝して乳酸を生成する仕組みです。
C6H12O6→2C3H6O3+2ATP(1分子のグルコースが2分子の乳酸に変化)
糖が乳酸になり、酸が増えてpHが低下します。大腸菌や雑菌類(耐酸性の低い乳酸菌も含めて)の多くは減少・死滅します。
そして、乳酸発酵がさらに進むと、pHはさらに低下していき乳酸菌自体も酸に耐えられなくなり減少してしまうのです。
後発酵茶の香味は乳酸菌の多少で評価されるわけではありませんので、いつ発酵を止めるかはまた別の問題となります。
天日干し後の茶葉にも乳酸菌は残っていた
発酵3週間の乾燥茶葉の乳酸菌数:6.5×10^5(CFU/g) 1グラムに65万個
乾燥することで乳酸菌数は1万分の1に減少しますが、完全になくなってはいないことがわかりました。
酸味は乳酸発酵の証、安全の証
乳酸発酵茶の酸味は乳酸によるもので、乳酸発酵が行われた証です。それは安全性を担保するものでもあります。
簡易遺伝子検査で乳酸菌の系統分類を特定
乳酸菌(桿菌)がいることはわかりましたので、次に知りたくなるのは乳酸菌の名前です。
菩提酸茶の主要な乳酸菌は簡易的な遺伝子検査の結果、ラクチプランチバチルス・プランタラムまたはラクチプランチバチルス・ペントサス(Lactiplantibacillus Plantarum,Lactiplantibacillus Pentosus)と推定されました。(乳酸菌のrRNAのうち一部の500塩基分を解析しデータベースと照合する方法)
L.Plantarumは一般的には植物性乳酸菌(厳密な定義ではない)と呼ばれ、日本では漬物や鮒ずし、韓国のキムチ、ザワークラウトなど幅広い発酵食品に活用されています。また、後発酵茶では阿波晩茶、碁石茶、石鎚黒茶などの乳酸発酵茶やタイのミヤン、ミャンマーのラペソーなどの漬物茶にも共通して含まれています。
L.Plantarumがなぜこれほど多くの発酵食品に利用されているのでしょうか?理由はその特性にあります。L.Plantarumは乳酸の産生能が高く、しかも耐酸性(低pHでも生存)、耐塩性(塩にも強い)、そしてタンニンに対する耐性(殺菌力の強い茶液の中でも生存)が備わっており、攻守ともに優れた特製を持ち合わせているからです。
L.Plantarumは1分子のグルコースから2分子の乳酸を生成するホモ型発酵の乳酸菌で、高い乳酸生成能力があります。迅速にpHを下げ雑菌の繁殖を防ぎます。(ヘテロ型発酵の乳酸菌は1分子のグルコースから1分子の乳酸、エタノール、二酸化炭素を生成します。ホモ乳酸発酵にはガス発生が無いのに対してヘテロ乳酸発酵にはガス発生が伴います。
日本の後発酵茶が夏でも無塩で安全に製造できるのは、茶に含まれるタンニンの強い殺菌力と植物性乳酸菌のおかげ。
日本の後発酵茶は「漬物茶」とも呼ばれています。阿波晩茶や碁石茶は真夏に作られる無塩漬物といえます。
(写真)2019年8月 晩茶研究会で製造した発酵晩茶。夏に常温で一ヶ月間発酵させた。お茶でなければ出来ない発酵方法。
塩を使わずに漬物を作るのは大変難しく世界的に見ても事例は多くありません。日本においては”すんき”(長野県木曽地方)、ネパールには”グンドルック”があります。
無塩漬物は共通して冬に仕込みが行われています。これは低温環境が雑菌による腐敗を防ぐ為です。(乳酸菌は低温でも発酵可能なものが多い)
乳酸発酵茶、発酵の仕組み
真夏に、しかも常温で塩を使わずに1ヶ月近く発酵させ、安全でおいしいお茶ができるのはなぜでしょうか?乳酸発酵茶の発酵の仕組みを順に説明します。
発酵初期:乳酸菌はまだ少なく、乳酸は少ない。この時期に活躍するのがお茶のタンニン。お茶の煮汁や茶葉に含まれるタンニンが雑菌を減らし腐敗を防ぐ。タンニンに影響を受けない乳酸菌が勢力を拡大する。乳酸発酵で乳酸が生成されpHが低下する。
発酵中期:乳酸菌が優勢となり、乳酸が生成される。pHが低下し、雑菌がさらに減少する。
発酵後期:乳酸発酵により茶葉に酸味が加わり、香気も変化する。pHはさらに低下し、乳酸菌自体も減少していく。
乳酸発酵茶の製造にはL.Plantarumのように、乳酸産生能が高くタンニン耐性、耐酸性を持ち合わせた乳酸菌が必須です。
菩提酸茶の酸味
乳酸発酵の原料となる糖は茶の葉が耐凍性を獲得する冬期に多くなります。
※茶の木は冬になると根に蓄えたデンプンを糖にして葉に上げ、凝固点を下げて凍結を防ぎます。
菩提酸茶の強い酸味は、原料の寒茶に含まれる豊富な糖とホモ乳酸発酵を行う乳酸菌により作り出されているのです。果汁を思わせる心地よい酸味と香りは乳酸発酵の証です。