ドラマシナリオ9「所長は語りて」①
■あらすじ■
作品テーマ(キーアイテム)は「窓」。窓を通して、中年男性の桂木と保育園児の優美との「心の交流」を描く。
三和ケミカル・三ツ橋営業所長の桂木充は単身赴任中。一人暮らしで気楽だが単調な毎日を過ごしている。そんな彼も毎朝、ひそやかな楽しみがあるのだった……
■この作品について■
数年前に受講していたシナリオ講座で書いた習作です。この講座は提出ごとに課題が決まっており、テーマと書きたい事をミックスしながら書いておりました。もともとの作品はアナログチックに原稿用紙に手書きのスタイルです。分量は400字原稿用紙10枚程度。今回noteにするにあたり、書き起こしながら加筆と修正を加えていますので、分量は多くなるかもしれません。ご了承ください。
本作品の著作権は私に帰属します。もし、作品を気に入ってお使いになりたい場合はコメントなどでご連絡ください。公序良俗に反しない限りは二次創作も大歓迎です。全文読めますが、記事の最後にサポート部分を設定しています。投げ銭していただけたら嬉しいです。
■人物■
桂木充(45) 三和ケミカル 三ツ橋営業所所長
菊池優美(5) ひだまり保育園 園児
坂巻みずき(32) 同 保育士
豊岡めぐみ(48) 桂木の部下 パート
■シナリオ本編■
◯アパート・サンハイツ山平・外観(朝)
経年劣化している3階建て鉄筋アパート。入り口に『サンハイツ 山平』と書かれている。
◯同・桂木の部屋・外(朝)
『205 桂木』とプラスチック板に手書きで書かれた表札。
ガチャリとドアが開き、スーツ姿の桂木充(45)が出てくる。ドアを閉めようとして部屋を覗き込む。ガランとした部屋。
桂木「いってきます……なんて。誰もいないけど」
ドアを閉めて、ガチャガチャと施錠した桂木、ノシノシとした足取りで立ち去る。
◯四つ境駅・外観(朝)
『四つ境駅』と書かれた駅舎。通勤や通学の客が次々と構内に入る。
◯同・ホーム(朝)
通勤客でごった返すホーム。ホームに上がる階段をリズミカルに登る桂木。
桂木「さて、今朝もいるかな……」
電車がホームに滑り込むように入ってくる。ぎこちない足取りで乗車待ちの列に並ぶ桂木。
◯電車内(朝)
押し込まれるように車内に入る桂木。他の乗車客をかき分けるようにして、入ってきた反対のドアに体をくっつけ、窓から外を覗き込む。
桂木の視線の先に雑居ビルが立っており、各フロアはガラスを多く使った窓がせり出していて、ホームと同じ高さの階の窓には『ひだまり保育園』と大きな文字ステッカーが貼られている。ステッカーの下に丸文字で『いってらっしゃい』と書かれた看板が窓に立てかけられている。看板の脇には園児が3人ほど、桂木の乗車している電車に手を振っている。
顔をほころばせて、保育園の窓をじっと見る。
桂木「あの娘、いるかな……いたいた」
脇で手を振っていた菊池優美(5)と目が合い、ニッコリと手を振る。笑顔になり、何か話しながら手を振る優美。優美の後ろから坂巻みずき(32)が近づいいて屈み、優美の肩を抱く。優美、みずきに振り向いて、桂木の乗っている電車を指差す。桂木と目が合い、会釈をして手を振るみずき。桂木、軽く会釈をする。ゆっくりと列車が発車する。
◯三和ケミカル 三ツ橋営業所・外観
オフィス街にある茶色い雑居ビル。
◯同・入り口
『三和ケミカル 三ツ橋営業所』と書かれたドア。
◯同・事務所スペース
5つの机が固まっている部屋。一番奥の席に書類に押印している桂木、桂木の斜め前の席に豊岡めぐみ(48)が座って、黙々と伝票をめくりながら電卓を叩いている。
桂木「豊岡さん、すみませんが、この伝票を処理してもらえますか」
席を立って机から手を伸ばして書類を差し出す桂木。片手で受け取るめぐみ。もう片方の手で机の上から書類をつまみ上げて桂木に向かって差し出す。
めぐみ「じゃあ、こちらは所長のハンコが必要なんで、交換ってことで」
喉の奥でククッと笑うめぐみ。ニヤリと笑って受け取る桂木。
めぐみ「所長、最近ご機嫌ですねぇ。良いことあったんですか」
桂木「ええ……まあ。ようやくささやかな楽しみができました」
めぐみ「まあ、赴任して一年くらい立てば、いくら単身っていっても、ね」
桂木「最初に断っておきますが、豊岡さんが期待するようなネタじゃないことは断言します」
肩をすくめて自席に座るめぐみ。
めぐみ「ふふふ。どうだか……ま、会社とお家の往復じゃ、さすがにつまんないですもんね」
苦笑しながら自席に座り、書類に押印を始める桂木。
桂木「本社の人に余計なこと言わないでくださよ。人事の宍戸さんとか」
めぐみ「さあ、どうでしょうねぇ」
ニヤニヤして鼻歌を歌うめぐみを呆れた顔で眺める桂木。
◯同・外観(夜)
点灯しているフロアがまばらな雑居ビル。
◯同・入口(夜)
営業所のドアを閉めて、ガチャガチャと施錠する桂木。腕時計を見る。時刻は20時。
桂木「いかん、もう8時か。スーパーの惣菜がなくなっちまうな」
ポケットに鍵をねじ込んで足早に立ち去る桂木。
◯スーパー アライ・外観(夜)
入り口に『毎日が特売日! フレッシュフーズ アライ』の文字とエプロン姿の小太りなオジサンのイラストが書かれているノボリが立っているスーパー。
ノボリの脇を小走りで通り過ぎる桂木。
◯同・惣菜コーナー(夜)
『新鮮 作りたて お惣菜コーナー』と書かれたポップが天井からぶら下がっていて、景気の良いBGMが流れている惣菜コーナー。買い物カゴには缶チューハイ。唐揚げや野菜の煮物の惣菜パックを手早く入れる桂木。
いずれも見切り品の値下げシールがベタベタと貼り付けられている。
桂木「いくら所長だって言っても、いまの給料じゃ、贅沢は出来んなぁ」
ため息を付いて、惣菜の品定めをする桂木。スタスタと近寄り桂木のスボンをひっぱる優美。小さく叫び声を上げてキョロキョロして、優美を見つける桂木。視線が合い、ニマーっと笑う優美。
優美「あ、やっぱりおじさんだ。こんばんは」
桂木「あ、いつも手を振ってるお嬢ちゃん……」
キョロキョロとする桂木。視線の先に惣菜コーナーの端から見つめる女性。桂木と目が合い、会釈する。会釈を返す桂木。
優美「お夕飯? 優美もママとお買いものに来てるんだよ」
桂木が提げている買い物かごを、しげしげと眺める優美。みずきの顔を見て、苦笑しながら桂木も持っていた買い物かごを上下に動かす。
桂木「優美ちゃんっていうのか。おじさんは、いつもここで夕飯を買うんだよ」
優美「おじさん、毎朝、手を振ってくれて、ありがとう! おじさんくらいだよ『いってらっしゃい』に気がついてくれるの」
手を振る優美。小さく含み笑いをする桂木。
桂木「まあねぇ……みんな電車乗っても、すぐスマホ見るからな。おじさん、いつも気にしてたんだ」
買い物カゴを床に置き、優美と同じ目線まで屈む。
桂木「お礼を言うのはこっちだな。おじさんは、毎朝、君の『いってらっしゃい』で元気が出るんだよ」
えへへと笑う優美。手に持っている四つ折りの紙を広げて、おずおずと桂木に差し出す。
紙を受け取り、優美と紙を見比べる桂木。コクコクと頷く優美。桂木、紙を凝視して目を丸くする。
『おとうさん の おはなしかい』『おとうさんに たのしい えほんを よんでもらおう』『ひだまり ほいくえん』と書かれた紙。可愛らしい動物のイラストがレイアウトされている。
桂木「え、おじさん、おとうさんでも何でもないけど、行っていいの?」
優美「おじさんをさそっていいか、せんせいに聞いたら『いいよ』って。楽しいお話聞かせてね。じゃあね」
あっけに取られる桂木を尻目に、手を振って小走りで立ち去る優美。惣菜コーナーに佇んでいた女性と手をつないで歩き出す。
優美と女性の背中を見送って、マジマジと紙を見る桂木。
桂木「あの娘、お話聞かせてって……俺、絵本読むの? マジか……」
買い物カゴを床に置いたまま、紙を手にして立ちすくむ桂木。
続く