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ドラマシナリオ9「所長は語りて」②

■前回までのあらすじ■

作品テーマ(キーアイテム)は「」。単身赴任中の中年男性、桂木は毎朝ホームから見える保育園の園児たちが手を振って見送ってくれるのを、ひそかな楽しみとしてた。仕事帰りのある日、夕飯を買いに立ち寄るスーパーで園児の優美と会い、保育園で開催される読み聞かせ会に誘われる。優美に期待されて、断るに断れず、桂木は困惑するのだった……

■シナリオ本編■

◯ブックショップ ウエノ・店内(夜)

ビジネスマンや学生がまばらな明るいフロアの書店。
天井から『児童書コーナー』と書かれたポップが下がっているコーナーで、スーパーのビニール袋とカバンを提げてじっと棚を見ている桂木。
『ももたろう』『かぐやひめ』『きんたろう』『うらしまたろう』『はなさかじいさん』といった絵本が並んでいる。
棚から絵本を取り出し、ペラペラめくって首を傾げ、棚に絵本を戻して立ち去る桂木。

◯サンハイツ山下・桂木の部屋・中(夜)

丸い座卓が部屋の中央置いてあり、座卓の上に蓋が空いている肉じゃがや野菜の煮物、唐揚げの惣菜パック。缶チューハイを片手に優美から受け取った紙を眺める桂木。『おとうさんのおはなしかい』『おとうさんに たのしい えほんを よんでもらおう』という文字が並ぶ。

桂木「来週の土曜日か。やー、まいったなぁ……どうしようかなぁ」

部屋のテレビではバラエティ番組が流れている。
一目みて、ため息を付いてザッピングを始める桂木。ドッと笑い声がテレビから発せられてザッピングが止まる。画面の隅に『寄席一番 豪華共演 落語祭り』『醸志亭 九平次 『寿限無』』と表示されており、落語家が演目を熱演中。

桂木「お、九平次か。古典落語やってるの、久しぶりにみたなぁ。やっぱり上手いな」

缶チューハイをグビグビ飲みながら、優美から受けっとた紙をまじまじと眺める桂木。
紙の右下に『ひだまり ほいくえん』と印刷された下に、子供の手書き文字で『きてね らいおんぐみ きくちゆみ』と紙の右下に書かれている。

◯四ツ境駅・ホーム(朝)

『四ツ境』と書かれた看板。通勤客がごった返している。
乗車待ちの列に並んでいる桂木。電車がホームに停車する。
ドアが開き、他の通勤客と続いて乗り込む桂木。

◯車内(朝)

他の通勤客に押されながら、乗車した反対側のドアに早足で歩み寄り、ドアの窓から外を覗き込む桂木。
桂木の視線の先にひだまり保育園の窓。優美が手を振り、後ろを振り返り手招きする。部屋の奥からみずきが優美に駆け寄る。桂木を指差してみずきに話している。
慌ててカバンから優美から受け取った紙を取り出して、ドアの窓に押し付ける桂木。
みずき、桂木に目線合わせて、手で本を開くゼスチャーをして頭を下げる。つられて優美もペコリと頭を下げる。発車ベルが鳴る。

桂木「ううっ、二人に頭を下げられちゃなあ……ええい」

手早くカバンに紙をしまい、本を開くゼスチャーをして、両手で◯を作る桂木。
優美とみずき、桂木の◯を見て満面の笑顔で桂木に手を振る。
愛想笑いで手を振り返す桂木。電車が発車する。
車窓に流れる景色を見ながら、スマホを取り出して覗き込む桂木。スマホのディスプレイには『桂木夏菜子』とタイトルされたメッセンジャーアプリの画面。『仕事はどう?』『ぼちぼち』『ご飯食べてる』『スーパーの惣菜ばかりだけど、ちゃんと食べてる』といった他愛ない会話が続いている。入力欄に『実は保育園で絵本を読むことに』と入力して、削除。スマホをしまってため息をつく。

桂木「……豊岡さんに相談してみるか」

腕組みしてドアから景色を眺める桂木。

◯三和ケミカル・三ツ橋営業所・中

事務所内に電話している桂木が一人だけ。書類に書き込みをしながら話している。

桂木「……はい、はい。承知しました。こちらの商品については、製造部門と納期調整をしてみます。回答は改めて……はい」

事務所のドアが開き、コンビニのビニール袋を提げためぐみが入ってきて、桂木の様子を見て、遠慮がちに会釈する。顔を上げ、電話で話し続けながらめぐみに会釈を返す桂木。

桂木「……はい。引き続きよろしくお願いいたします。……はい。失礼いたします」

電話を切って、めぐみを見つめる桂木。

めぐみ「どうされました、所長? 言われたとおり、所長と私の分のコーヒー買って来ましたけど」

桂木「いや、この電話の件は大丈夫。あの、豊岡さん、ちょっと相談乗ってくれませんか。仕事外なんですけど」

満面の笑みで自席のキャスター付きの椅子を引っ張り、桂木の隣に座るめぐみ。引き気味に座りなおす桂木。

めぐみ「で、どこで知り合った人なんですか、所長の彼女?」

キョトンとしてめぐみを見る桂木。ニヤニヤして桂木を見るめぐみ。

桂木「違います。彼女……ではなくて、知り合いの女の子です」

めぐみ「またぁ、最初はみんなそう言うんですよね」

目をつぶって、額に手を当てる桂木。首を振って大きくため息を付いてから、デスクに折りたたんであった紙を広げて見せる。

桂木「これに参加しないかって、頼まれたんです。私は保護者ではないのですが、ぜひにって」

めぐみ「所長の彼女、保育士ですか。これはひなたちゃんに知らせないと」

桂木「だから、ちがうって。人事の宍戸さんも関係ないでしょ」

紙の右下部分のひだまり保育園の印字と下の優美の手書き文字を指で指し示す。

桂木「この菊地優美って娘に、行く場所でよく会うんで、誘われたんです。絵本読んでくれって。何を読めばいいか……聞いてます?」

紙を覗き込むめぐみ。目を丸くして桂木を見上げる。

めぐみ「あ、この保育園、みずきちゃんが働いてるとこだ」

驚いてめぐみをみつめる桂木。ニンマリと笑みを浮かべるめぐみ。

めぐみ「姪っ子なんです。うちに良く来るんです。……あ、いつも園児に手を振っているオジサンって、所長だったんですか」

桂木「め、姪っ子さんがそんなことを言ってたんですか」

めぐみ「みずきちゃんはダメですよ、あの娘、すごく真面目ですからね」

桂木「だから違うって……あの、豊岡さん、この会で読む絵本、どんなのが良いんですかねぇ」

めぐみ「所長は娘さんに読んであげたことないですか、絵本」

桂木「読んであげたけど、実は何を読んだか、あんまり覚えてないんです。定番もので他のお父さんとカブったら、と思うとねぇ」

腕組みして天井を見つめるめぐみ。腕組みして椅子に深く座り込む桂木。

めぐみ「あ、所長、落語お好きですよね」

桂木「ええ、まあ。好きですけど」

天井から桂木に視線を移すめぐみ。組んでいた腕を解いて、めぐみに顔を向ける桂木。

めぐみ「確か、みずきちゃんが『落語絵本っていうのがある』って言ってたのを思い出しました」

桂木、めぐみから自分のPCに視線を移して検索を始める。画面には多数の演目のラインナップ。

桂木「ホントだ……知ってる演目ばっかりだ。これなら……」

満足そうにうなづく桂木。

続く

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