ドラマシナリオ9「所長は語りて」④
■前回までのあらすじ■
作品テーマ(キーアイテム)は『窓』。単身赴任の中年男性、桂木は毎朝、電車から見える『ひだまり保育園』から窓越しに手を振ってくれている菊池優美から、保育園のイベント『おとうさんのおはなしかい』に、特別に話し手として参加してほしいと依頼される。
自分の好きな落語の絵本を読もうと朗読したものの、あまりの棒読みに辟易し、断ろうと保育園に訪れた桂木。しかし、応対した保育士の坂巻みずきのペースに巻き込まれて断れなくなってしまう。そして、ついにその日が近づいてくるのであった……
■シナリオ本編■
◯三和ケミカル・三ツ橋営業所・中
タイトル『おはなしかい 1日前』
左手で頬杖をつき、右手でボールペンをもてあそびながら、自席でシステム手帳を広げている桂木。めぐみも自席のPCを操作し、プリンタから書類を印刷している。
桂木「明日か……」
めぐみ「みずきちゃんから聞きましたよ。私も見に行きますからね。動画も撮っていいですか?」
顔を上げてめぐみを見る桂木。ニヤニヤと笑って印刷された書類に押印をして、机越しに桂木に書類を渡すめぐみ。憮然として書類を受け取る桂木。
桂木「だめって言っても撮るでしょ、豊岡さん。好きにしてくださいよ」
めぐみ「よくおわかりで。でも、みずきちゃんからも頼まれているんです。『園児のお世話してて、聞けないかもしれない』って」
スマホの着信音。片手でめぐみを制して、スマホを取る桂木。自席に座りなおしてPCを操作し始めるめぐみ。
桂木「はい、三和ケミカルの桂木でございます。あ、お世話になります。はい、ご提案書の件ですね。はい、はい……承知しました。では、Web会議でお話しますか」
自席のPCを慣れた手つきで操作し、ヘッドセットをつける桂木。
PCのディスプレイはボイスチャット画面で、男女が写っている。
桂木「皆様、よろしいでしょうか。では、これからご提案書を画面共有いたします」
ディスプレイの表示が切り替わり、『樹脂製 食品サンプル工作キット つくりんぼう ご提案書』とタイトルされたプレゼンソフトのスライドが写る。
桂木「では、当社製品のご説明をいたします」
画面が『本製品の概要』とタイトルされたスライドに代わり、概念図のようなイラストの脇に書かれている文言を読み上げる桂木。
桂木「えー、今回ご提案する製品は、合成樹脂メーカーである当社が、このキットで手作りの醍醐味と親子で一緒に作る楽しさといった、いろんな『味わい』を、ご体験頂く製品でありまして……」
言葉に詰まる桂木。スライド画面を見て沈黙。めぐみ、桂木に向き直り、自席から立ち上がる。心配そうな表情。ハッと我に返り、苦笑してめぐみに片手を挙げる桂木。
桂木「し、失礼しました。ち、ちょっとモタついてしまいました。では、次のページでございます」
咳払いをして、次のスライドに切り替える桂木。『当製品の特徴』とタイトルされており、樹脂の写真と親子でものづくりをしているイラストが記載されている。
桂木「当社製品の特徴は、メーカーがご提供する本物の樹脂で『手作りの楽しさ』と『一緒にいる楽しさ』を伝える『ホビー』でございまして……余談でございますが、実はこの製品には……」
含み笑いをしながら、プレゼンを続ける桂木。
◯ひだまり保育園・入り口(朝)
タイトル『おはなしかい 当日』
ビルの入口に『おとうさんのおはなしかい いりぐち』という丸文字を中心に動物のキャラクターが貼られた看板。親子連れが次々と入っていく。
トートバッグを提げ、ビジネスカジュアルな服装の桂木が、入口に向かってセカセカと歩み寄る。看板と入っていく親子連れを見てギョッとする。
桂木「うわ、大々的にやるんだなぁ。そりゃ参加者少ないよな」
短く息を吐き、入口の階段を昇る桂木。
◯同・事務室・中(朝)
みずきと眼鏡をかけた若いの男性と桂木と同年齢で手入れされた髭をはやしている男性がそれぞれの席のイスに座っている。男性たちは緊張した表情。ガラガラとドアを開けて入る桂木。みずきと目が合い、ペコリと頭を下げる。
桂木「おはようございます。あれ、ちょっと早かったかな。もう少ししたら全員集まるんですか?」
みずき「おはようございます。いえ、これで全員ですよ」
バインダーを持って桂木に歩みよるみずき。キョトンとする桂木にバインダーを見せる。
みずき「昨日、一人の方からお仕事の都合で出れないって連絡がありまして……申し訳ありませんが、エントリーにあった2冊を読んで頂きますね」
トートバッグを開いて絵本を覗き込む桂木。
みずき「他のお二人は短めの絵本なので、桂木さんは最後に出ていただきますよ」
目を見開いてみずきに向き直る桂木。事務室の壁掛け時計を見て、パチンと手を合わせてイスから立ち上がるみずき。時刻は10時15分。部屋の外からワイワイと子供の声。
みずき「そろそろ時間ですし、子供たちも集まったみたいですね。みなさん、始めましょうか」
桂木「(小さい声)気持ちの準備もなしか……今までのプレゼンの中で一番厳しいかもしれんなぁ」
桂木を含む参加者、絵本を小脇に抱え、背を丸めながら部屋を出る。
◯同・ホール・中(朝)
子供たちがひしめいているホール。入口近くに壇があり『おとうさんのおはなしかい』と書かれ、折り紙の花が貼り付けられている看板。
ホール内は保育士にあしらわれながらも、駆け回ったり座ったりとはしゃぎまわる子供たちで溢れかえっている。
子供たちの中に優美がいて、母親の膝の上に座って、キョロキョロと周囲を見ている。
はしゃいでいる子供から離れた、部屋の片隅で横座りしているめぐみ。ニヤニヤと笑いながらスマホをかざしてカメラをチェックしている。
ドアがガラガラと開いて、みずきを先頭にホールに入る桂木と男性2人。はしゃいでいた子供たちが、一斉にドアいるみずきに視線を送って動きを止め、歓声を上げる。登壇するみずき、男性2人に続いて最後に登壇する桂木。優美と目が合い、小さく手を振る。にんまりと笑い、桂木に手を振り返す優美と母親。ホールの後ろから手をブンブンと振るめぐみ。苦笑しながら会釈する桂木。
みずき「はーい、みんな静かに。これから、お友達みんなが楽しみにしていた、おはなしかいを始めます。静かに出来るかな? 出来るお友達はお返事してね。静かに出来る人?」
はーい、と大きな声で返事をする子供たち。優美、両手を挙げて返事する。
みずき「みんな、偉いね。じゃあ、最後までお話聞いてね。まずはさとるくんのお父さんが読みまーす。田中さんお願いします」
みずき、後ろの参加者に軽く会釈する。眼鏡をかけた男性が一歩歩み出て、イスに座り絵本をゆっくりと開く。子供たちを一目見て、表情が固くなる。みずきと参加者は壇から降りて入口付近にしつらえてあるイスに座る。桂木、隣に座っている髭の男性をチラ見。アゴ回りの髭をしきりに撫でている。ため息をつき、朗読している男性の背中を眺める桂木。
桂木「(つぶやく)無理ないよな、あんなに期待された視線を受けるんだもんな……あの人、確か息子さんもいる、みたいなこと言ってたな」
絵本の入ったトートバッグを膝の上に置いて、腕組みして眼鏡の男性の読み聞かせの様子を見つめる桂木。視線をホールに移して様子を見渡す。
読み手の眼鏡の男性を食い入るように見つめる子供たち。子供たちに寄り添いながら聞き入っている保育士たち。座りながらあくびをしているめぐみ。拍手と子供たちの歓声で我に返る桂木。眼鏡の男性が壇から下がり、桂木の近くのイスに座り大きくため息をつく。入れ替わりに登壇するみずき。
みずき「はい、さとるくんのお父さん、ありがとうございました。みんな、楽しかったかな? じゃあ、ひなたちゃんのお父さん、どうぞ」
桂木の隣に座っていた髭の男性がゆっくりと立ち上がり、ノシノシと登壇する。
桂木「いよいよ次か……なんか増えてきたぞ……」
開け放たれたままのホール後方の扉から続々と入ってくる子供と親。保育士も入ってくる。腕組みをしてを口を真一文字に結ぶ桂木。優美に視線を移す。心配そうに桂木を見返す優美。引きつりながら愛想笑いを作る桂木。
続く
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