さよならの朝に約束の花をかざろう

「さよならの朝に約束の花をかざろう」を観て、涙が止まりませんでした。

前置き

先日、「さよならの朝に約束の花をかざろう」(以下、「さよ朝」)というアニメ映画のDVDを借りてきて、家で観賞しました。絶賛されているのをネット上で何度か見かけて、気になっていたのです。

余談ですが、私はものを選ぶとき、買うときは非常に慎重で(ケチともいう)、何を決めるのにも「失敗したくない!」という気持ちが強い人間です。レストランではメニューを決めるのに何分もかかるし、衝動買いは全くせず、ネットでレビューや値段を調べて、自分が納得するまではその商品を買わない……という具合です😅 

なので、「さよ朝」のDVDを借りる時も、たった280円のために借りようか、やめようか迷っていました。

……あの時やめないで、本当に良かった!!

正直、こんなに心を揺さぶられるとは思いませんでしたし、こんなに感動したのも久しぶりでした。

※ここからはネタバレを含みます。

なぜこんなに感動したのか?

私が感動したと思われるポイントを、大きく分けて3つ、考えてみました。

①映像・音楽の美しさ

私は繊細なもの・透明なもの・美しいものが本当に大好きなのです! 例えばガラスや花、雪など。「さよ朝」の映像はそんな私の趣向に、見事ストライクでした。全部が美しい……! 個人的には、金髪に白い服という、天使のようなイアルフのビジュアルが見事クリーンヒットしました。

音楽は、サウンドトラックも主題歌も、どちらも素晴らしかったです。サウンドトラックは、ハープやコーラス、ピアノ、バイオリンなどを主に使っていたのかな? 映画の雰囲気にぴったりで、映画を見終わってしばらくしてからも作業中BGMとして聴いていました。

主題歌は、「rionos」さんの「ウィアートル」という曲。初めて聞く「rionos」さんの歌声が、心にぐっときました。透き通るような高音。どこかUruさんや手嶌葵さんに近い歌声でした。これから「ウィアートル」のピアノと歌を練習しよう!と思います。そうすればいつまでもこの映画を忘れないような気がする……🌸。

②いくつもの「愛」

最初、ポスターのメインビジュアルを見たとき、「恋人との別れ」をテーマにしたお話なのかな、と思っていたんですが、いい意味で裏切られたと思いました。

マキアとエリアルの間には、色々な種類の「愛」が存在していたような印象を受けました。親子、恋人、友達、兄弟……。一つの言葉では語れない様々な感情が、確かに存在していたと思います。

思春期のエリアルとマキアの関係は見ていて少しひやひやしました。エリアルとマキアの関係について、エリアルは親ー子の関係から、女―男の関係に感情が移行していったのと比較し、マキアは親ー子の関係のままです。そのことでエリアルは苦悩します。そしてマキアから離れるために、メザータの兵士となるのです。

この辺りは非常に複雑だなあと感じてしまいました。もし私がマキアの立場だったら、絶対に辛いだろうなと考えてしまいました。「子」として認識していた対象は、簡単には「恋人」「男性」には成りえませんよね……。

しかし、マキアは最後には、エリアルが自分を「母」としてみてくれなくても良いと考えたと思われる言葉を発しています。(最後にはエリアルはマキアのことを「母さん」と呼びましたが)

親子や恋人といった定型ではなく、個人と個人というもっと広い愛で2人が結ばれていると感じました。

その他にも、レイリアークリム、レイリアーミドミル、マキアーラングなど、様々な「愛」が描かれていたように思いました。

③懸命に生きるということ

マキアは物語の序盤では気が弱く自分の意思を表面に出せなかったのですが、エリアルを育てていくことによって、少しづつ強くなり、生きる力を身につけていったように思います。「お母さん」って強いんだなあ、と感じさせられました。

また、「さよ朝」の登場人物は、自分の信念というか、意思や責任に対して非常に忠実で真摯です。マキアは最初、クリムが好きでしたが、エリアルを育てるようになってからは、「エリアルのお母さん」になることだけに情熱を注いできました。ミドは二人の息子を育てることに一生懸命。クリムもある意味ずっと自分の信念(レイリアを好きな気持ち)を貫いたというか……。そういう真っ直ぐな気持ちを、私は美しいと感じたのかもしれません。

最後に

「さよ朝」を見終わってから、しばらく余韻が続きました。映画が終わって、マキアたちの物語が終わった後も、当たり前に私の日常は続いていきます。私はその当たり前の事実を、悲しいと感じました。

いつもなら、良い物語を読み終えたり、観終えたりした後は「よし、私も頑張ろう!」という気持ちになるのですが、あまりにも心に響いた物語が終わったときには、しばらく喪失感が続くのです。いつまでもその物語に浸っていたい、と思ってしまうのでしょうね。

子どものころ、友達の祖父母の家に数週間お世話になって、とても楽しかったのですが、お泊りが終わってしまい家に帰る車の中で、私は泣いてしまいました。「寂しい」「辛い」という喪失感に襲われたのだと思います。今まさに、そのような気分にどっぷり浸かっています。

「この物語が私の心に深く響いて、あまりにも感情が揺り動かされてしまったから、現実世界に戻るのが本当に辛い。こんなにきれいな世界を知ってしまった後で、つまらない現実に帰りたくない」と切実に思ってしまったんです。「さよ朝」の世界で生きていきたいくらい…。(何言ってるんだと思われるかもしれませんが(笑))

なので、ここ数日は言葉通り「心ここにあらず」でした。でも、私の生きる世界はここだから、私はこの世界をしっかり見据えて、この世界で生きていかなければならない。だから、私は「さよ朝」からもらった温かい気持ちをnoteに置いて行こうと思います。
(そろそろ大学や自動車学校の試験も近いので(笑))

「さよならの朝に約束の花をかざろう」という素晴らしい作品を作っていただいて、本当に感謝でした。

この物語に触れることができたこと、一生忘れないと思います❀·°

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