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A darting fear —矢のように胸を射る
A darting fear — a pomp — a tear —
A waking on a morn
To find that what one waked for,
Inhales the different dawn.
はっとするような恐怖——虚勢——涙——
朝、目が覚めて
それらの理由に気付いては
違う夜明けの空気を吸い込む。
まるでダーツの矢のような——ダッシュが矢継ぎ早に繰り出される——一行からはじまる短い詩。と、思いきや、同時に、長い時の経過を感じさせる不思議な読後感もあった。
矢を投げる遊びのダーツ。
それがこの詩ではfear(恐怖)に連なる形で使われています。おそらくダッシュ記号で続くpomp(虚勢)とtear(涙)にも、同様にdartingがかかっているのでしょう。
恐怖、虚勢、そして——涙。
これらはどれも人の心から生じるものであるとともに、
意図するよりも、とっさに、反応として出てきてしまうものという共通点もあります。
何か恐ろしい、切羽詰まった、悲しい、あるいは嬉しい現実があって、それに心が反応し、現実へ出ていく。
そう考えると、このダーツには往路と復路があって、
往;現実→心
復;現実←心
どちらに焦点を当てるかで、dartingの訳語が変わってきそうです。
「往」なら「胸を射る」とかでもいいかもしれない。ダーツっぽいし。
そんなことも一瞬考えたのですが、人間、恐怖や涙に値する現実があっても心が反応しないことだってあるし、この詩はさいご、Inhales(吸い込む)で終わることから、やはり復路のほうに焦点を当てて、吐く→吸う、という形で最初と最後がつながるようにしたいと思うようになりました。
「はっとする」
これなら、
それが思いがけず、急であることを意味しつつ、さりげなく息を吐く動きも表せる。そう気が付き、訳語に選ぶことにしました。
二、三行目にいきましょう。
A waking on a morn
To find that what one waked for,
朝目が覚めて、
なぜ目覚めたのかを知る。
この部分だけを見て、この部分を理解しようとしたら、おそらくこのような(↑)訳になるでしょう。
「それ」が原因で目が覚めた、と読めますね。
つまり、恐怖ではっと目が覚める、涙が出てきて目が覚める……
ここで「虚勢」が重要になってきます。
虚勢で目が覚める、ってさすがにちょっと変じゃないでしょうか。
となるとこれは、
日中に恐怖や虚勢や涙の出る経験があって、
夜という時間を経て、
朝、その理由に気がついた——
というような、実はその理由に気付くまでに、
時間がかかっているのではないか。
何も書かれていない行間に、
刻まれていた
「時」。
それは一日ですらなく、
何日も積み重なっているのかもしれない。
どうやら最初にこの詩を読んだときの不思議な感覚——
一瞬なのに、長い時間が経つような感じがした——
その理由は、ここにあったようです。
恐怖でも涙でも、そういうものがとっさに出てきた時に、
なぜそれが出てきたのかまで、
瞬時にさとる、なんてことはない。
相手が好きな人だから、つい虚勢を張ってしまうことってありますよね。
そういうときは、つい、とっさに、張ってしまう。
わけもわからず。
でもそれは時間が経てば、
相手のことが、自分は大切なのだなと、
教えてくれる経験でもあります。
何かを恐れ、虚勢を張って、わけもわからず、涙を流す。
そうやってしか生きられないし、
やがて時間が経って、
その理由を理解したとき、
人はそれまでとは違う朝を、
息を、
吸うことができるのではないでしょうか。
『THE COMPLETE POEMS OF EMILY DICKINSON』
THOMAS H . JOHNSON, EDITOR