雷神の少し響みてさし曇り雨も降らぬか君を留めむ 柿本人麻呂
今年も梅雨がやってきた。梅雨といえば、『言の葉の庭』(新海誠監督のアニメーション映画)。そして庭といえば、この歌である。
なるかみのすこしとよみてさしくもりーーーー
なんとたおやかな、美しい調べだろう。大人の、女性の歌だという気がする。
しかし、この歌は柿本人麻呂の歌集から取られている。つまりこれは、かつて存在した誰か(女性)が現実に詠んだ歌ではなく、人麻呂の創作なのだ。創作のインスピレーションの、その源までは知る由もないが、とにかく人麻呂は、どういうわけか、この歌をつくった。自分とは、この現実とは、切り離された架空の歌を。
雨は降らずとも
私は留まろう。
君が、
そう望むのなら。
これがその返答であり、もちろんこれも架空の歌である。歌は歌を呼び、その間に一つの物語を生じさせた。恋する女と、男の物語を。
現実がままならないからこそ、物語が生まれるのだと考えることもできる。
しかし、そうして生まれた物語は現実とはなんの関係もないのかというと、そうではないところがまた面白い。現に物語はその虚構に触れた人間をして、新しい虚構へと、駆り立てるのだから。