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余命宣告

駅前の通りを急ぐ人々の中に
違和感を漂わせ、うつろに歩く人がいた。

ユーチューバ―が急いで近づき
小さなマイクを差し出した。
「すみません~。
ユーチューブなんですが
少しインタビューさせて頂け
ませんか?」

「インタビュー?
もしかして
最近よくユーチューブでやってる
年金のインタビューの事?」
「悪いけど、
今はそのような気分になれないな。
他をあたってみて。」
彼はそう答えた。

「いいえ。年金の話と違います。
これまでの人生で、
思い出に残っている話を
お聞きしています。
もちろん公開が前提なので、
話せる範囲で良いので、
どうでしょうか?」
少し首をかしげながら
なんで俺なんだよと言いたげに
「話すようなことは、何も無いな。
失敗ばかりの人生だしな。
面白い話も出来ない。」

「そうですか。
でも今おしゃったそんな感じで
全然大丈夫です。お願いします。
聞かせて下さい。
ほんの5~6分で終わりますから。
どうでしょうか~?」

かなり強引に食い下がった。
少し迷っている感じだったけども
諦めそうもない、圧の強さに押されて
「まあ、時間もあるし顔出しで無かったら
気晴らしに受けてみようかな。」
そう答えてくれた。
「ありがとうございます。
じゃ~、こちらの方でお願いします。」
二人はビルの陰のベンチに移動した。
そしてインタビューが始まった。

「では、始めさせて頂きます。
最初に年齢とご職業をお聞きしても
よろしいですか?
ご職業は、何々関係でも結構です。」

「年齢は66歳。
年金は貰ってるよ。
あ! これは関係なかったね。
仕事は無職。
しいて言うなら、投資家の卵かな。
退職金で、株式投資を始めたんだ。」
目を細めて、空を眺めながら
言葉をつないでくれた。
「まあ、投資家と言うのも
おこがましい限りだけど
先日の、日経の大暴落で
今、含み損を抱えているよ。
青汁王子が引っ掛かったあれだよ。」
なんとなく他人事のような
ぶっきらぼうな答え方だった。

「それじゃ、今話題になってる
青汁王子が大損をしたあの暴落ですね。
ちなみに、幾らぐらいの含み損ですか?」

「結構、切り込むインタビューだな。」
どうするか迷っている感じだったが
ため息をつくと
「そうだな。
最初のうちは、合計で100万程度
儲けていたので調子に乗って、
最初に考えていた以上に
投資額を増やしてしまった。
退職金があったので、気が大きくもなっていた。」
遠くを見つめるようなうつろな感じで続けた。
「暴落の始まった時は、それに気付かなくてな
後で知った時は、頭を抱えてしまったよ。
慌てて、ナンピン買いを連発して・・・。」

*ナンピン 下がっている株を買い増しする投資
 株が下がり続けるとマイナスが加速的に増える

「そうだな~思い出したくもないが
含み損は200万くらいかな。
まだ下がっているかもな。
この年になって、大変な勉強代だよ。
たぶん、俺の様なにわか投資家で
損した人がいっぱい出てるじゃないかな?」
「こういう時は、損切りをするらしいのだけど
俺には、無理だった。
信用買いの追証の請求やなんやかんやで
青汁王子と同じで結構追い込まれたよ。」
「思い出すと吐き気がしてくるよ。
ところで、こんなしけた話で良かったのかい?」

「もちろんですよ。
話してすっきりするなら
ジャンルにこだわりませんから
どうぞおしゃって下い。」

「そうかい。他人の失敗は、蜜の味か。」

「そう言う事では無くて
参考になる話でもありますしね。
どうぞ、遠慮なく話してください。」

「大体だな、俺なんか株をする
そんなタイプじゃないんだよ。
女房の反対を押し切ってやったのだから
今更相談もできないしな。
でも、年金だけでは、この先が不安で
ほら、老後2000万問題聞いたことあるだろう。
何とかして増やしたい一心で
勉強がてらやってみようと思ったのが
大間違いだった。
始めた頃は
丁度、株が右肩上がりの地合いだったので
上がってる株を買っておけば儲かった。
毎日何千円、何万円と増えるので
自分は、才能があると勘違いして
有頂天になってしまった。
こんな金儲けがあるのに
いままで、何をしてたのかと思ったよ。
金ってこうも簡単に増えるのかとね。」

「なるほど、そこに落とし穴があったのですね。」

「そうよ。簡単に増えるという事は
裏返せばあっという間に減る事でもある。
始末に悪いのは、株価てやつは
上りに比べれば下がりは数倍以上の
速さなんだ。
少しぐらいの蓄えなど、
あっという間に無くなってしまう。」
悪夢を思い出したのか
そう言って、彼はしょんぼりとして肩を落とした。
しばらく沈黙が続いた。

「そういう事情だったのですか。
それは、大変な事ですね。
その様な場面を、何度も経験しなければ
適切な対応は、出来そうもありませんね。」

「ところで、お体の調子はどうですか?」
「体の調子?
体はありがたい事に丈夫で心配ない。」

「じゃ、問題は無いじゃないですか。
しばらくの間おとなしくしておけば
何時かは、株価も戻り
笑い話にできるのではないですか?」

その言葉に、彼は反応した。
顔を真っ赤にして、目は怒りに満ちていた。
「笑い話。冗談じゃない。
あんたに老後の金を無くす恐怖が分かるのか。
どれだけ不安で恐ろしい事か。
軽々しく言うもんじゃない。」
そう言って睨みつけてきた。

「いや、これは申し訳ないです。
つい自分と比較してしていました。」
「実はこうしたインタビューは
最近始めたばかりで
言葉の選び方が未熟で申し訳ありません。」
でも、良ければ私の事ですが
聞いて貰いたいことがあります。」
ユーチューバーはマイクを引っ込めて
自身の身の上話を始めた。

「私は、見かけは元気そうに見えますが
実は余命宣告を受けています。」
「だからこそ、分かるんですが
体の健康が何よりも大切だと思っています。
それで、健康だと聞いた時
つい、そう言ってしまいました。」

「なんだそうだったのかい。
それは大変だな。
すまない。俺もちょと興奮してしまって
こちらこそ申し訳なかったよ。」

「病院で余命宣告を受けた時は
ショックで到底
受け入れられませんでした。
考えてもない事態に、絶望にかられ
自宅に戻ってからも、もがき苦しみ
泣き疲れた時、
神様の声が聞こえたのです。」
「神様はこうおっしゃいました。
泣くんじゃない。人には、寿命がある。
人生は長生きが全てではない。
充実した人生を目指す事で
価値が生まれる。
お前は、残りの時間を人を救う事に
使いなさい。
他人の人生に係る事で
得られるものがある
そうおっしゃいました。」
「その言葉が、救いになりました。
何がいけなかったのかと
自問する事でがんじがらめに
なっていました。
寿命なら仕方ない。そう考えると
ずいぶんと楽になりました。
そして残りの人生に
目的を与えてもらって
残された日々を
送れるようになりました。」

「私がインタビューと称して
あなたに声をおかけしたのは
あなたが、良からぬ事を
考えていたからです。」
「あなたは含み損が200万とか
おっしゃいましたが::::」
「株で失ったのは、全財産ですよね。
違いますか?」

ずばり核心を突かれ、
彼は声も出なかった。さっきまで、
その考えが頭から
離れなかったからだ。

「私は、余命宣告を受けた後
何故か人の考えている事や
悩み苦しんでいる事が、
分かる不思議な力を授かりました。」
「駅前を行き来する人々の中にあって
あなたの心の声が聞こえたのです。」
「だから、お声がけをして
無理にお誘いしました。
あなたは、自分の苦しみから逃れるため
半分やけになって
良からぬ考えにとらわれていましたね。」
「もしそれを実行したら
家族は、一生苦しみますよ。」
「どうして相談してくれなかったのか
自分たちのどこがいけなかったのかと。
あなたは、苦しみから逃げられても
それ以上の悲しみや苦しみを
残されたものに与えます。」

「良く考えてください。
あなたが失ったものは
金だけじゃないですか。」
「健康も家族も寿命も失っていません。
どこからでもやり直しができます。」
「この機会に、そう考え直してください。
つらくても生き抜くことが大切なのです。
きっと後で、
良い決断だったと思いますから。」
そう優しく諭すように話した。

うなだれて聞いていた彼は
しっかりと頭をあげ
「そうだよな。
そう言われてみれば全くその通り。
なんだか、俺は何もかも嫌になって
やけっぱちになっていたな。
なんであんなに、
思い詰めていたのだろう。
そうだよな。自分は一人ではないんだ。
女房に打ち明けてみるよ。
俺の様子がおかしいので
たぶんもう気付いていて
心配をかけていると思う。」

「声をかけてくれて、ありがとう。」

そう言って、ベンチから立ち上がり
真直ぐ、確かな足取りで
駅の方に歩いて行った。
そして
彼の頭の中に渦巻いていた
良からぬ考えは、消え去っていった。

安心したのもつかの間
ユーチューバーには、また別の
声が聞こえてきた。

「助けてください。」

確かにそう聞こえた。
子供の声の様な気がした。
どこから?
また誰かが呼んでいる。
















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