静かで激しい宇宙の実験室 ー白色矮星ー
人類未踏の極限状態の物理を愉しむ実験室
人類の知的好奇心を満たすべく、宇宙の謎を解くためには、見えないものを見る技術が必要です。XRISM衛星の特徴は、なんと言っても高い分光能力(色を見分ける力)。X線も、救急車のサイレンのようにドップラー効果を受けて、運動で色が変わります。その差を1/1000まで見分けるXRISMの能力は、音波に換算するなら、ゆっくり歩くときの音程のズレを聞き分けるような驚異的な能力です。
こうした分光能力を駆使し、科学者は宇宙の謎解きを愉しみます。この記事では一例として白色矮星を紹介します。
白色矮星は、太陽程度の軽い恒星が進化の最期に星の外層が剥がされて残った小さな天体です。生まれたては高温で白く輝きますが、だんだん冷えて見えなくなるので、ブラックホールや中性子星に比べて、静かな印象をもたれるかも知れません。
しかし、恒星と連星を組んだ系なら、白色矮星の深い重力ポテンシャルに落ち込んだガスが、一億度もの高温プラズマとなってX線を発する激しい活動を示します。
ガス欠の日もあれば、たくさん降る日もあるため、たまに爆発的に増光する「新星」と呼ばれる激しい天体となります。つまり、白色矮星も、X線天文学の格好の対象なのです。
一般相対論の効果を愉しむ
白色矮星は、地球程度の大きさしかないのに太陽程度もの質量を持ちます。少し難しい話になりますが、この自重を支えるのは電子の力です。陽子にかかる重力と、電子が発生する「縮退圧」の釣り合いで、星の質量と半径が決まります。これは1926年に R.H. Fowler が提案した理論です。量子力学で縮退圧の概念が完成した直後に、既に天体に応用する想像力は驚きです。さらに一般相対論の効果を加味すれば、自重で潰れるギリギリの質量が決まります。つまり、白色矮星の最大質量は、純粋に物理定数だけで決まるのです。
連星を組んだ白色矮星は、ガス降着を通じて星の質量を増やすため、どこかで限界に達して星が潰れるはずです。いつも決まった質量で爆発するため、その明るさも同じはずです。おそらくこれが、宇宙論的な距離を測る重要な標準光源、Ia型超新星爆発のはずです。
では白色矮星連星系は本当に重い白色矮星に成長するのでしょうか? 星の質量を増やすガスは、同時に新星爆発で吹き飛ぶため、そう単純ではありません。
重い白色矮星連星を探したい。星表面でガス爆発を繰り返す再帰型共生新星、かんむり座T星(T Cor Bor)が候補です。質量は重いとされますが、可視光での運動学を用いた測定では、なかなか系統誤差が大きく決着が付きません。
そこで、XRISM衛星の登場です。爆発で出来る高温プラズマからの輝線を精密に分光すれば、図2のように、重力で赤くなる一般相対論の効果が見えるはずです。本来の色からどれだけ赤くなったかで星の質量が分かります。この手法は、重力場の直接的な測定なので、系統誤差が小さく高精度です。こんなことが出来るのはXRISM衛星の分光能力のおかげです。
運動と場所を知る「謎解き」を愉しむ
2つ目の例として、矮新星、はくちょう座SS星(SS Cyg)を紹介します。可視光の光度が比較的穏やかな静穏期と、とても明るいアウトバースト期を繰り返す白色矮星連星です。
ガスが降り積もる時に、降着円盤が形成されています。静穏期にこれと白色矮星がこすれてX線を出すプラズマが発生するため、X線では静穏期の方が明るい不思議な天体です。XRISM衛星ではこの二つの時期を観測します。
図3のように、X線で暗いアウトバースト期でも、降着円盤で反射された輝線を精密に分光することで、放射領域が円盤上空でどれほどの速度をもち、円盤がどこで途切れるか、といった謎解きを楽しめます。
画像が撮れなくても、分光観測だけで天体の環境や幾何学配置まで分かる面白さがあるのです。
半透明な宇宙高温プラズマの不思議
3つ目の例は強磁場白色矮星連星です。
磁場が強力で、恒星から流れ出たガスは磁場に捉えられ、最終的に磁極に掃き集められます。上空の衝撃波で温度が上昇し、図4のような高温プラズマとなります。
表面しか見えない太陽の光球とは異なり、中で生じる放射過程が全て見通せる光学的に薄いプラズマです。そこでは高温の電子がイオンと衝突しながらX線を放射します。
こうした電子衝突プラズマは超新星残骸や銀河団ガスでも観測されますが、白色矮星は、短時間で電子とイオンの温度が平衡に達する比較的単純なプラズマの実験室になります。
XRISM衛星の高い分光能力があれば、輝線から温度や密度を精密に計測できます。ケンタウルス座V834星(V834 Cen)の観測では、共鳴輝線に着目した新たなプラズマ診断を試みます。この共鳴輝線だけは中まで見通せないため、これが持つ「プラズマ表面」の情報と、その他の透けた輝線がもつ「プラズマ体積」の情報を合わせて、プラズマの温度や密度、その形状まで明らかにしていきます。
本当に白い小人(white dwarf)が居るかもしれませんね。
(執筆:寺田 幸功)